大吟醸
中島みゆき (2002年発売)

空と君のあいだに
悪女
あした
最後の女神
浅い眠り
ルージュ
誕生
時代
わかれうた
ひとり上手
慟哭
狼になりたい
旅人のうた
ファイト!



「慟哭」という曲の提供を受けた工藤静香が、何かのテレビ番組で、中島みゆきの歌の世界は半端じゃないから好き、といっていたのを聞いた。そうじゃないよな、と高校生だった当時の僕は偉そうに思っていた。中島みゆきという人の世界観の広さがいいのだ、よと。深さと言えば「半端じゃない」というのにも近いが、とにかく広いのだ。大学生の頃、テレビドラマから流れてきた「空と君のあいだに」は、今日も冷たい雨が降る、というフレーズ。今でも一番好きかも知れない。空と君の間。その距離はザッと1000mmあるだろう。そんな空間を捉えるほどに、君を見る「僕」は遠くにいて、君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる。この距離感。捉えている範囲とでもいうのか。広いな、と思う。もちろん単純な距離を言っているのではない。なんというか、時間的な距離や心の距離や・・・。今日と明日の距離や、眠りと目覚めの間の距離や。

時代。まわる時代をグルグルと繰り返して、だから大丈夫とうたった名曲は、教科書で初めて知った。世界歌謡祭でグランプリをとったこの曲は、デビューアルバムに収録されている。発売は僕が生まれた年だ。

「今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ」

生と死、そしてまた生まれる「その先」まで広く捉える。

ヒット曲として、中島みゆきを、つまり僕がライブで彼女の存在を知るきっかけになったのが「浅い眠り」だった。「浅い眠りにさすらいながら」、愛のなくなったようにみえる街も、本当は愛を叫んでいるんだよというメッセージ。浮かれていた当時がフラッシュバックするようだ。

さてこの「大吟醸」というアルバム。これはベストアルバム。リアルタイムで中島みゆきを知らない僕は、そこがなによりも悔しい。つまり、これだけ名曲ぞろいで、一見安易な選曲に、一つのアルバムとしての価値を見いだしているほどの、、、この浅さ。自分でもそれは認めるが、やはり、何度聞いても、このアルバムはいいのだ。
昔とちょっと昔と今、という強引な分け方をするなら、そのほとんどがちょっと昔から今にかけての時代に歌われた曲ばかり。本当の中島みゆきファンなら、「はいはい、まぁ分かる」と優越感を持ちつつバカにするだろう。が、いいもんはいいのだ。

「狼になりたい」と絶叫するサビは、鳥肌が立つ。

「悪女になるなら 裸足で夜明けの 電車で泣いてから」というシーンを想像するだけでも心の奥にある「弱さ」を感じさせる。

「途に倒れて だれかの名を 叫び続けたことが ありますか」という強烈な始まりには、もはや天才だと感じてしまう。

一晩中泣いて 泣いて 泣いて やっと気づいた「あなた」から、「おまえも早くだれかをさがせよ」と言われた時の悔しさと、偉そうにからかわないでよ、と言ってしまう強がりに・・・
または、「強気で強気で生きている人ほど 些細な寂しさでつまづくものよ」という、なんというか心のひだの幅、その広さ。

「最後のロケットが 君を残し 地球を捨てても」、最後の女神はまぎれもなく君を待っている、というここから果てまでの空間と精神的な広さ。

ひとりさすらう旅人へ 愛よ伝われ、と歌う「旅人のうた」では、あの日々は消えてもまだ夢は消えない、だから歌ってくれ君の歌を 僕に と・・・。この「待っているもの」とひとりさすらう者との距離感。

最後は、ファイト、と。闘っている君を、闘わず笑っているものなんて放っておいて、そのままふるえながらのぼっていけ、という励まし。

つまり、世界は広いし、時間は長い。孤独の人の心の中は、もう無限に近く、だけどそうやってさすらう人にも「繋がり」があって、その繋がりの輪は、また、広い。

時間をかけ、ゆっくりと醸し出される「味」が、そんな歌たちが、この大吟醸にはおさめられている。


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