2005年9月21日(水)
5日目

ヴァナラシ


朝4時半に起床。毎日携帯の目覚ましが大活躍だ。「5時15分前にモーニングコールをする」と、フロントの男性が昨夜言っていたので、それまでにトイレにいかないと!その間に電話がなるとデリーの二の舞になる。そうそう都合良くトイレにいけるモノではなく、待とうか、と決意。そして、とにかく待った、4時45分まで。ジリジリと時間が経ち、2本もタバコを吸った。ものすごく上品で小さな音のベルがなり、モーニングコールを受けて無事トイレにいった。それにしても、あの音じゃ、起きれないよ、、、とおもいながら。

ガンガーのモーニングボートツアーに行く。下に下りると、オートリクシャーのドライバーはすでにホテルの前で待機しており、昨日チェック・インの後に地図のボードをもって説明してくれた人が、朝のボートツアーの乗り場(ガート)、その後、立ち寄る寺院を説明する。彼の名はチャパティ。本名は違うが、みんなそう呼ぶと笑う。確かに、つまみにちょこっと食べたくなる「アドバイス」をくれる人物だ。ガイドを雇うと別料金だがいるか?と言われたので、もちろん、断った。そもそも、沐浴を見るのに、横でペチャクチャとガイディングされたらたまったものじゃない。ガイドはガイドでチップをはずまそうとがんばるに違いないからね。

オートリクシャーのドライバーは、「となりのトトロ」にでてくるネコバスのような顔をしている。笑うと特にそうなのだが、すましていても、少し笑ったような顔だ。まだ真っ暗な午前5時のヴァナラシの街。ボートに乗り込むガートにむけて出発した。昨日、迷ってしまった原因を探ろうと、道順を追ったが、ガソリンスタンドに寄られたり、ボートの発着場がかなり南の方のガートだったため、ダシャーシュワメード・ガートまでの道は結局謎のままだ。そもそも暗かったし。まだ夜明け前だというのに、ヴァナラシの街は動き出していた。新聞の束を地べたに置いて仕分けをしたり、何かは分からないが白い袋を山積みにして男達が車の荷台の上でたむろしたり。そこをランプの灯がぼんやりと照らしている。

ドライバーは、陥没したり、もりあがったりする道を避け、もしくはスピードを落として進む。僕の払った250Rsが高いのかどうかは分からないし、このドライバーにいくら入るかも知れない。でも、いい人というのがその運転から感じられた。こういう人にはチップをはずみたい。


ガートに近づくに連れ、路地へと入る。昨日、空港からのタクシーで、「プラザ・インは通りが狭いからダメだ」と例の青年が言っていたのは、もしかするとこれぐらいなのかも知れない。確かに、オートリクシャーでもギリギリで、こういう路地には生活臭がきつく、残飯もあるので自然、聖なる野良牛がたくさんいる。ただ、どうだろう、カトマンズやポカラでみた牛よりかなり痩せているようにも思える。のら犬も同じぐらいいる。牛糞をよけたり、牛をよけたり、そういうことはなく、毎日の光景の一部なので(インド人にとっては)、スルスルと通り抜ける。目の前の牛にむかって思い切りクラクションを鳴らすのに、始めこそ違和感があったが、ならされた牛や犬たちも、ゆっくりとよけようとするから不思議だ。もう、それが普通なのだろう。大阪の歩道でチリンチリンを多用するおばちゃんのようなドライバーたちと、そのチリンチリンでのっそりよけるおばちゃんたち。これは、どこか似ている。

ゴートのすぐ手前でオートリクシャーを降りる。ハエの量がすごい。朝陽はまだ出ていないが、夜は明け明るい。聖なる河、命の源、ガンガー。西岸のガートから東に昇る太陽を拝むために沐浴する人たちの、場。それが今ではそんな人たちをボートから見るために押し寄せる外国人と、その外国人客相手にボート漕ぎを生業にする人たち。岸にはボートが無数に並んでいた。もちろん、観光客だけのためではなく、重要な移動手段なのだ。

僕は悩んだ。そんな聖なる祈りを前に、ボートからカメラを構えることは、、、どうなのかと。でも、ガートを流し見るためにはボートを使うしかなく、それぞれのガートは一度大きな道にでてからでないと、そして、細く狭い路地をクネクネ通らないと出られない。どこか一つのガートにしがみついているだけなど、もったいない。毎日ひとつずつ、そんな悠長なことを言ってもいられない。そんな風にして自分を納得させ、ボートに乗ることもそんなに悪くはないだろう。か?

とにかく、僕はボートに乗り込んだ。たまたま同時に乗る人がいれば同乗するし、誰もいなければ一人で乗る。これがまた一人きりで乗るのはかなり奇妙だ。お金は同じなのだろうが。こんなものに料金など、あってないようなものだ。僕は、日本人女性2人組と、メルボルンに住むオーストラリア人の4人で同乗。舟漕ぎがロープでとめられた船着き場から、舟を出す。若干下の方に雲があるため、まだ太陽は顔をだしていないが、何とも特別な感じは受ける。一人の少年が舟にのってきて、白と濃いピンクの花びら(これは蓮か?)を敷き詰めた皿の上に火をともして、ガンガーに流せ、という。ボートが進み、すこし波立つので、入れた途端に火が消えることが多いが、ボクノは、灯ったまま流れた。横の女性が「私のはすぐ消えた」と言っており、同じサイドから流したぼくのが、いつまでも灯ったまま流れていたから。

少年は言う、「マニー」と。
小さい札がなかったので、僕が日本人3人分だと言って50Rsを渡した。と、少年はオーストラリア人青年の方に手を伸ばす。横にいた女性が「フォー」と言うので、しまった……と僕は反省する。そっか、3人分(スリー)と言わずに、4人分といって渡せばよかったのか。


朝陽が昇る。沐浴をするガート、死体を火葬するガート、ボートがいくつもとめられているガート。何より、ボートの群れ。中には、中国人団体客を乗せた40人ほどの団体が貸し切っているボートがあり、二人の漕ぎ手がロウを左右一本ずつ持って進んでいるのもあった。
鼻をつまみ、頭のてっぺんを抑えてガンガーにつかる。沐浴。すぐ近くでは石鹸で体を洗う人、歯ブラシで歯を磨く人。この聖なる河は確かになにものをも受け入れる。水の茶色が、その濁りが汚いと感じ、ロウをこぐたびにあがる水しぶきが、始めのうちはかかるのさえ嫌だった僕も、それは違う…と思う。持ってきた水中カメラをガンガン水中に沈め撮ってみる。一度手をつければなんてことはない。これは沐浴だってあり得る。(が、現実問題、つかるのはいいが、体をふくタオルは?それをもってここまできて、移動するのか?と考えると、面倒だが。

僕の持って行った水中カメラに、オーストラリア人が食いついた。彼は、その前に僕のサンダルがクールだと、いつものように言われたんだけど。彼はしきりに透明度のことを口にする。確かに、きれいな海で、熱帯魚やなんかを撮るためのカメラではあるが、僕の意図しているのは、水面ギリギリの、太陽の光が乱反射したり、流れているピンクの花びらなんかがうまい具合に入り込めば最高だと、、、そう思ってもってきたのだ。いちいちそれを言うのも、仮に言ったとしても、分かってもらえそうになかったので、「ムンバイに行くからね、もってきたのさ」と答えた。と、、、また彼は、ムンバイも透明度は低いだろうと首をかしげていた。確かに、、、ムンバイもスクーバをするという彼、それもメルボルンなんて本場から比べれば透明度も低いよな。

牛か犬か、人間とはちがった死骸がボートの横を流れていった。木の枝、ピンクの花びら、赤い花びらも流れる。汚水色に赤の花びらのコントラストはなかなか乙だ。対岸から昇る太陽をしばらくボーっと(ボートから)眺めていた。本当にガートがいくつもある。マハラジャ用のものもある。それにしてもすごいボートの数で、そんなボートから見られる事にも慣れ、黙々と沐浴したり、体を洗う人たち。小さな男の子は、沐浴をしながら、おどけてこちらに手を振っていた。子供達はどこでも明るい。これからのインドがそうであるように。

1時間半ほど、ガンガーを南から北へ、そして再び南のガートまで、モーニングボートは終わった。観光客相手のボートだけではなく、インド人をいっぱい乗せたエンジン付きボートも行き来し、それは移動手段として確立しているようにも見えた。沐浴のために来たのだろう、そんなボートの上では体をふいている人もいた。エンジン付きボート。手こぎが中心の中で一際目立つ。そんなエンジン付きボートをぶっ飛ばし、「ふ〜」と叫びながら移動する日本人が……いた。

ボートを下りると、ガートに物売りの少年が来て、「カミサマ、カウカ?シヴァ、ヴィシュヌ…」と始めた。「深夜特急」のドラマ版で、大沢たかおに声をかけていた(これは繰り返し見たので印象深い)少年そのままだった。ボート漕ぎにチップを50Rs払う。なぜか、また僕が全員分を払う。東京から来たというその日本人二人組は、コルカタからデリーまで移動する旅の途中でヴァナラシによったそうだ。この後、アーグラー、ジャイプールと行くらしい。さっきのお金払います、と言われたが、いいですよ、と言って先に進んだ僕。そんな僕に、ボート漕ぎが、オートリクシャーのドライバーと一緒になってチップを要求するもんだから、振り返って後方にいる彼女らに「払って」とも言えず…。

狭い路地に止めておいた僕のオートリクシャーが、来たときとは逆向きに、つまり次の進行方向に変わっていた。Uターンもできないほどの狭さなので、ドライバーは僕がボートに乗っている間、一度路地を出て、それから方向転換してここまで後ろ向きに運んできてくれたのだろう。そんな優しさ、親切が嬉しい。

テンプル回りに出発する。親切さに感動しているので、乗り込むときにいくらハエがたかってようと、気持ちよく座れる。まず、ドゥルガー寺院へ。狭く小さいが、ものすごい建物だ。青空を切り取るように建つ、この建物は装飾が圧倒的に素晴らしい。シューズ・オフなので、裸足で歩いていると、水浸しで、なんとも気持ちが悪いが……。観光する寺院が多い京都とは違い、今も現役でたくさんの人が祈っている。こういうところでも日本人の信仰心の薄さが感じられる。…、と突然、腹がいたくなった。ガンガーの水面は早朝ということもあってかなり冷えており、そのなかで短パン、タンクトップだった僕は…腹をこわした。とにかく急務にうんこがしたい。そそくさと寺院を出てドライバーを探す。「トイレに行きたい」と訴えると、少し困って、とにかく乗れ、とドライバーは言う。揺れに揺れるオートリクシャーがづらい〜。こんなに町中、排便だらけで、臭いも充満しているのに、いざトイレとなると…、なかなかない。どこもがトイレで、わざわざ必要ないのだろうか。ドゥルガーの近くのテンプルでとまって、ここが○×△寺院だけど?とオートリクシャーを止めるので、「いや、先にトイレットへ」と訴える。ドライバーは考えながら進む。たぶん、めぼしい所がないのだろう。街の南にあるキレイに整備されたベナレス・ヒンドゥー大学の構内に入った。3 on 3のバスケットを興じる子供たちがいる。裕福なんだろうな。そんな風に眺める余裕も、実はそのときはなかった。我慢、我慢、と自分に言い聞かせる。

ようやくドライバーがトイレをみつけてくれ、「あそこだよ」と指さす所に走っていった。が、「小」しかない。「大」は?というと、たまたまそこにいた日本人が「奥らしいですよ」と。そのまま入っていくと、金を払えという。シャワーというか、そこで体を洗っている人もいた。僕は大きい札しかないので「おつりある?」ときくと「ある」という。トイレの前にいた女たちとそんなやりとりをしていると、ドライバーがやってきて、「いいよ、いいよ、はらわなくて」と、行けっ、と手をふった。そこにいた女達は、「なんでよ」とドライバーと喧嘩を始める。その隙にとりあえずトイレに入った。ふぅ〜、紙も持ち歩いていてよかった。絶対ダメだろうが、ふいた紙も一緒に、隣に置かれていた桶の水を流す。と、ゴボゴボゴボッと、詰まってしまった。ゴメン。

トイレから出ると、ドライバーが代わりに3Rsを払ってくれた。僕はちなみに、その女たちから10Rsと言われていたのだが。


同じ大学構内にある「新しいヒンドゥー教寺院」へ行く。もちろんシューズ・オフ。受付の青年は大学生なのだろう。白く高い寺院だ。中は涼しく、開放感があり、柱にもたれて本を読んでいる学生がいる。一周して出ようとすると、Donationを求められる。払わないとサンダルを返してもらえない感じだ。あそこを読めといわれた看板には、たしかに英語で、寄付されたお金がどうのこうのと書かれていたが。いくら?ときくと、いくらくれる?と聞き返される。こういうのがいちばん困る。「今晩何にする?」「なんでもいい」という、あれと同じだ。50Rsが一番小さな札で、おつりをくれとも言えないし。

オートリクシャーに戻り、次は「モンキーテンプル」へ。正式に何という寺のなのか、はっきりせず、ドライバーに聞いたが忘れた。庭には猿がたくさんいる。カラフルな窓枠と、色とりどりのサリーが際だつ。みんな唄うように祈り、鋭角的な音がリズムよく響く。ここも小さい。シューズ・オフだが、預けるところがなかったので、手でサンダルをさげて歩いていると、「あっちにおいてこい」と叱られた。なんだか…、見るとも感じるともできない微妙な寺院で、そこには「祈り」にいくべきだと実感した。だから、すぐに出た。


次は、さっきトイレのために飛ばしたトゥルシー・マーナス寺院へ。大理石でできたこの寺院は、ヒンズーの神が鎮座し、その前で人びとは額を床につけ両手を越しに両膝をついて祈っている。そのあとで、前に座っている男から聖なる水?をかけてもらう。どこもインド人の観光客が多い。1階は広間で、2階にはミュージアムのような、からくり人形をつかった展示がある。僕は二階の窓から見える景色をながめ、吹き抜けになっている下のフロアを眺める。大理石ってやっぱりいい、涼しいから。

壁画にヒンドゥーの神々がいて、中でもお気に入りのガネーシュという、象の頭をもったえべっさんみたいな太鼓ッ腹の神を写真におさめた。寺院を出て、シューズを受け取ろうとすると、またドライバーが払ってくれた。3Rs。いつも10Rsぐらいとられていたのだが、これもやはり外国人料金だったということか。オートリクシャーで走っていると、歩いている人から乗せろ、乗せろと言われる。ダメだ、と断るドライバーは、僕が一応チャーターしているからなのだが、よく街でみかけるギュウギュウ詰めの様子は、そうやって乗せまくった結果なのだろう。一人で乗るぼくをのぞき込むようにして、サリーをきたおばさんなどはしかめっ面をする。

4つの寺院を終えると、何とかセンターに連れて行かれる。これは今朝になって突然チャパティが付け加えた土産物屋。カントンメントにあり、とても狭い路地を入り、奥へと通される。そこに座らされ、溢れかえる「布」たちを見せていこうと言うのだ。まただ。もういいから帰る、というと、ここはガバメントがやっていて、プライベートじゃない。だから買わないといけないプレッシャーはないし、料金だってチープだ、と。そういった彼は、日本のことを色々聞く。僕が店に来たとき(店といっても真っ暗で、とうていそうは見えないが)、軒先で携帯電話をしていた奴なのだが。今、子供を2人に規制しており、それ以上だとエクストラ・タックスがかかることや、ここヴァナラシは職を求めて多くの人が流入し、なのに道は狭く橋も少ない。車は20kmから30kmでしか走れない。そういいながら、スカーフやテーブルクロスをどんどん広げていく。インドの国鳥、孔雀の柄がちょっと気に入った。だから、ヴァナラシは、政府のプロジェクトとして、2020年完成予定で大きな道路を通し、整備拡張するのだという。それには反対だ、と僕は告げた。路地にこそ魅力があり、雑多だからこそツーリストは魅力を感じる。ツーリストがくるから職があるのだ。じゃ、No Houseの人はどうする。チャンスが多いのに、この混雑でスムーズにいけないのだ。それ以外(このプロジェクト以外)どうすればいいんだ?…、と彼も少々本気になってる。そっか、こういう彼も政府の人間なのかと思い、「そうだね」と議論から逃げた。

しかし、ガンガーに橋が何本も通り、大通りが貫通する?そんなヴァラナシになるのは寂しい。旧市街と新市街に別れて存在する街、つまりビック・シティになるのはどうも抵抗がある。実際に住んでいる人からすれば、こんな意見、ないだろうが。最後に、ここで買うとプライベートの店より安いと言われたが買わず、ここで買ってくれると子供たちのためにもなる(子供たちに学校おわり、ノー・フルデーを強調していたが、その背景には児童労働の問題があるのだろう、に仕事を政府があたえているから)、プロジェクトの足しにもなる、と。そんなことを言われても、だからいらないし興味がな・い・の!

表に出ると、ドライバーが、「じゃ、ホテルに戻るよ」と言い、ついでに「サールナートはどうだ?」と聞くので断った。じゃ、明日空港まではどうだ?と。料金を聞くと300Rs。止めた。かなり残念そうに大きなため息をつかれたが。宿に戻るまでに、フェスティバルらしい列と遭遇した。ホテルについて、50Rsのチップを渡し、ホテルのレストランでバタートーストとこれまためちゃくちゃ美味しいコーヒーを飲み、部屋に戻った。午前11時ごろだったと思う。牛糞のサンダルを洗い、たまっている日記を書きはじめる。アーグラーの日から昨日の分まで。昼にガートまで行こうと思ったが、日記を先延ばしにするとますますたまるし、ヴァナラシはやっぱり一度カトマンズで経験したものに近いというか…。そう毎日毎日バタバタするより、一日ゆっくり部屋で日記をつけることにした。結局、昨日の分が終わるまで、8時間もかかった。書きすぎだ。真っ新だったペンの残りインクも少なくなっている。残り少ないと言えば、ティッシュだ。ほんとに足りない。シャンプーが少ないのなんてなんとでもなるが(最悪、あらわなければいい)が、ティッシュが少ないのは…。あーもー。確かに綺麗な部屋だが、8時間もずっといて日記を付けていると、アリの多さに辟易する。本当に多い。日本からもってきた虫除けスプレーをかけてもピンピン元気で、サンダルで大量殺生、踏みつぶしたりしたが、次から次にくるので、諦めた。

体をはうのがいちばん鬱陶しい。午後7時頃になって、下のレストランでビールとチキンカリー、プレーンナン2枚、水を頼む。途中でボスのブラザーという人がきて、みんな手を合わせて丁寧にお辞儀した。一人の若者なんて、跪いていたほどだ。僧侶なのか?格好や態度がかなり偉い人に見える。大江似も、急に小さく見えた。はじめは、その大江似がここのボスだと思っていたのに、そうじゃなかったのか。チキンカリーは他のどこよりもうまかった。絶妙にスパイシーだ。ビールがメニューに載っておらず、新聞紙にくるまれて出され、テーブルの下におけと言う。ここはビールを秘密に出しているのだろうか。僕がビールを頼んで飲んでいるところを、ボスのブラザーに見つかったら大変な事になるのか?スタッフがドキドキしているようにも見えた。

チップは10Rs払い、部屋に戻りホットシャワーを浴びる。明日のチェックアウトは12時で、空港までのタクシートランスファーは400Rs。高いが空港からと空港までの料金が違うのは承知している。それはインドに限らず、そういうことが多いので、大江似にぼられているかも知れないが、頼んだ。デザートにアイスクリームはどうだ?とひつこく勧めたが、断る。

ホットシャワーを電話で頼み、15分ほどするとスタッフの一人が部屋まで「ソーラーシステムOKだ」と言いに来た。昨日、シャワーを浴びているときに電話がなり、それに出られずにいると、だれかが部屋をノックしたが、そう言うことだったのだろう。ソーラーシステムなのか?シャワーを浴びて、今日の分の日記を書いてしまおうとしたが、朝が早かっただけに疲れ切って午後9時前に就寝。また、日記をためてしまった。



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