2008年08月17日付

雨が降ってもモワ〜っとするばかりで、結局、暑いですよね。昨日、映画「TOKYO!」を見ました。映画館を出ると、ぴあ出口調査隊が満足度?なるもののアンケートを採ってましたが、夕食のレストランを予約していたのでそれには答えず、先を急ぎました。ので、ここで答えようかと……。

映像、キャラクター、音楽で高得点ですが、ストーリーで少し下げるかと。演出も見事!と思うところと、え〜っとなるところと。そのギャップがすごくて、どうも???なところが多かったような気がします。で、満足度的には70点、よく言って75点でしょうか。同じ映画館で「闇の子供たち」が上映されてました。これは原作を読んで気分がおも〜くなったので、あの話をどんな風に映像化しているのか。かなり気になります。

さて、この映画。世界の巨匠?3人が、同時期に「東京」をテーマに撮ったオムニバス映画。ニューヨーク、パリ、ソウル。それぞれの地で、個性的な作品を残す監督たちが、変化する「TOKYO」の実態を映し出す、というのが触れ込み。始まりは格好良かった。成田国際空港へ向かう機内の中にいるようなイメージで、期待度はぐんぐん上昇。っで、着陸と同時に1つめの作品、ミシェル・ゴンドリー監督の「インテリア・デザイン」が始まります。外国人が見る日本のイメージ。ここにいつも「違和感」を感じますが、やはり…今回もそこが気になってしまい。3万円で部屋を探す?がゆえに狭く汚いワンルーム。大きな会社に働きながら、「こんなところに住んでる」人達というのを強調しているし、路駐→罰金なんて日本の特殊性も、おもしろく映ったんでしょうか?続いてレオス・カラックス監督の「メルド」へ。これが一番面白かったな。が、「ゴジラ」をイメージ?というところに少し引いたし、地下に住む怪人というコンセプトは面白いけど、そこに戦争の影をちらつかせる辺り……、どうもすっきりしませんでした。最後のポン・ジュノ監督の「シェイキング東京」は、引きこもる人達を「揺さぶる」地震が、結局「愛」かよ、と溜息が出たり。とにかく、どれも東京の「今」ではなく、想像上の「東京」を映しだしたように思えてならなかったです。誰もいない渋谷のスクランブル交差点が映画の中で出てきましたが、映画館を出て、その交差点で信号待ちをしていると、人だらけで、吉田選手連覇!の号外なんて受け取ると、これが「今」の東京だな、と再確認した次第です。





2008年08月09日付

2008年8月8日の午後8時開幕の北京オリンピック。中国でも日本でいうところの「末広がり」っぽい意味があるのかどうか、この8という数字は縁起がいいらしく、ものすごい数のカップルが婚姻届けを出したとか。いよいよ始まりましたね!開会式は絶対生ライブで見る!と、ぼくは仕事なんてさっさと片付けようと思っていたのですが、日本時間の午後9時、ちょうど開会式が始まる頃は、神楽坂の焼鳥屋で「塩」か「タレ」かを迷いながら飲んでました。こう暑いと、目先のビールについつい、、、ね。で、今日、ハイライト見ました。

演出がクラシック・モダンで、素敵でしたよね。特に、カウントダウンへ向かうデジタルパネルのような演出、そして、太鼓の地響きのような音。あれはのっけから鳥肌ものでした。大体のパフォーマンスが、どれも数千人単位の参加者で、これは世界の人口の5分の1を占める国のなせる技ですかね。北京市内にどんどん打ち上げられる花火。た〜まや〜と風物詩として打ち上げ花火を愉しむ日本人には、甚だ「ファイヤーワークス」と呼びたくなるような派手すぎさが気になり……、まるで暴発?と思わせるほど、ばんばん、ガンガン上がってました。そしてお得意のワイヤー。空中に浮かんでは、舞ったり、走ったり、宇宙遊泳したり。世界を意識した「中国の今」を見せつけたのではないでしょうか。いつまでも4000年の歴史にすがってるんじゃなくて、現代のアートとして、なんというかしっかり主張したような気がして、とにかく「格好いい」開会式でした。格好いい?というかお金をいっぱい使った?というか。その当たりは評価が分かれるでしょうけど、今回の北京がサマランチ色の「贅沢五輪」の最後らしいですよ。次回のロンドンからはロゲ色の「商業主義に走りすぎない」五輪だそうです。冷静に考えると、9万人も入る鳥の巣スタジアムを造って、その後、どう使う?とか色々問題はありますもんね。長野の、あのメインスタジアムしかり。

開会式の最後、赤絨毯のように渦巻きになって聖火台へ伸びた導火線を経て、真っ赤に灯った聖火。この「炎」を運ぶために、世界中で色んなことがありました。でもそんな色んなことをオリンピックに「持ち込んで」しまうのは絶対に違うことだと思います。純粋に、世界最高パフォーマンスのスポーツの祭典なんですから。なにしろ、ぼくみたいに目先のビールに、ついつい、ね、なんて言わずに練習してきた人たちなんですから!





2008年08月05日付

すごい雷と豪雨。ヒートアイランドですか。東京では昨晩に引き続いて、今日の昼時も雷雨が凄まじくて、昔、ピカっと光ってからゴロゴロと音がするまで、その間隔が短いほど近い、、、なんて聞いたことがあるんですが、今日の昼はピカッ、からゴロゴロまで一秒もなく、しかもそれが結構ながく続いたりして。ジャカルタで経験した「十数分の雨で道路が川みたくなる状況」が、東京でもおこるなんて。ぼくは、喫煙室からそんな外の様子を眺めてました。ちょうど前にある道路が、みるみる川のようになって。昼時ともあって、コンビニや定食屋に向かう人が多く、みんなくるぶしあたりまで水に浸かりながら、ある人は豪雨の中で傘なんて放棄してぐしょ濡れになりながら、、、歩いてました。そのコンビニの入っているビルの軒下?で、「雨止まないかなぁ」と眺めていた、おそらくは会社説明会か何かなのだろうリクルートスーツの女性が、12:45ぐらいから雨宿りをしてました。で、10分待っても雨足は弱まらず、というより一層激しくなって、13時から開始なのでしょうか?意を決して豪雨の中を、それも横断歩道まで数センチは溜まった小川と化した道の中を、黒いハイヒールのまま、ジョボジョボと歩んでいく様は、なんというか、「行ったな」と思わせる光景でしたね。天候がどうであろうと、決められたスケジュールがあって、それは絶対的にこなすという姿勢。雨がきついから、道路がこんなだから、という理由で変更(放棄)できる「日常」には、ぼくらはいないですね。

にしてもスゴイ。電車は二日連続で信号トラブル?か何かで止まり、普段なら4本ぐらいに分乗する人が、夕方のラッシュなのに1本の電車に重なって、「ギュウギュウ×4」。車内は、汗やら雨で濡れたスーツの匂い?やらでムンムンして、そこで「徐行」ですか!死にそうでした。で、止まる駅ごとにホームにあふれかえった人が乗り込んできて、「もう無理です〜」なんて女性の悲鳴に似た声があがったかと思うと、大量に降りる駅では将棋倒し寸前の凄まじさ。

どうも、たかが雨、なんていうぼくらの気候における常識?が改めざるを得ない状況なのかとも思いますよね。ふと、学校でならった「日本史」が、今の子は全然ちがう形で学んでる(例えば、足利尊氏の絵としてならったものは、単に騎馬兵の絵になっている)ことを思い出しました。

明日も、続くそうなので、長靴をもって出掛けるか真剣に検討中です。





2008年08月02日付

暑いなぁ、が口癖になったのも納得の8月入りですよ。高校球児が甲子園で駆け回ったり、27時間テレビがあったり。小さいリュックに何を詰めてるのか、家族連れで電車に乗り込んできたり、昼飯がいつもざるそばになったり。夏ですよねぇ。

今週、ナイフをつかった殺傷事件が相次ぎました。元教え子が吹奏楽部の練習中に学校に侵入して元担任をさしたり、役所にはいったり。『決壊』(平野啓一郎著)という本を読みつつ、変に繋がったネットワークが、変に作用して、変な形のまま現実化しているように思えてしかたありません。ネット上で殺害シーンを流し、マスコミがそれを後追いする「未来」の犯罪が先の著書には描かれていますが、ん?それって未来でもなんでもないような気もしたり、仮に未来だとしても、それは宇宙旅行が実現するほど「遠い」ものではなくて、なんというかすぐそこまできている危機みたく感じます。自分の思っていることが、「そんな勝手な考え方!」と一蹴されるべきなのに、「仮想空間」には同じような人がいて、勇気づけられる?それで連鎖して止めどなく広がってしまう「今の世の中」。模倣犯は、それと自覚しないまま犯罪を犯していんでしょうね。

秋葉原であった無差別殺人事件の時、秋葉原駅で毎日乗り換えてるぼくに、友人が「気をつけてね」と言った、あの感じに似た違和感が、これだけ連続して起こるナイフ殺傷事件にも思いますね。夕立がきて、雷がなる感じというのでしょうか。

さて、9月に旅に出ます。その旅の予約やら手配やらで、国内の旅行会社や現地の宿と直接メールのやりとりをしていると、ふと、リプライの速い遅いって、実は決定的なんだなと思ったりします。同じ条件でメールを流しても、代替案まで加えて完璧にメールを返してくれたり、それがまた即返だったりすると、「ついて行きます!」なんて思います。もう、旅の手配はメールでやりとりするってのが定着してきましたからね。カウンターで向かいあって旅の相談をしていた時よりも、なんというかメールの文面にこそ、その担当者がどれだけ旅を知っているかが伺えたりして。1万円ぐらい高くても、そこでお願いしようという気にもなるってもんです。あ〜、去年はあまり旅らしい旅もしていないので、久しぶりの高揚感に浸ってる今日この頃です。にしても、やっぱり暑いなぁ。





2008年07月28日付

雑誌Numberもいよいよ北京オリンピック・プレビュー1を発売しましたね。いよいよオリンピックですよー。
前にもここで書きましたが、とにかく僕はオリンピックが大好きなんです。で、このNumber、表紙はやっぱり?北島康介でしたね。水着が注目された競泳ですが、ハンセンは「スピード」の水着をもってしても記録がでなかったということは、世界新記録をたたき出した北島選手はスゴイ!ということでしょうが、本人もいっているように、オリンピックは記録ではなく、結果、金メダルという成果だと言うとおり、それを期待してしまいますよね。
一人の選手が4つも金メダルを手にしたことなんて日本人では未だいないのではないでしょうか?前回アテネのように100m、200mで北島選手が金メダルを取れば、これはもうほんとに歴史に残りますよね。楽しみです!
さて、今回のNumberでは、歴代の金メダリストの全記録が載っていました。1938年のアムステルダム・オリンピック、三段跳びで日本人初の金メダリストになった織田幹雄選手からはじまって、これまでに83人と11組が、合計114個の金メダルをとったそうです。数だけ見ると、一つの大会でアメリカなんかは100個以上の金メダルを取ってしまうわけで、少ない?なんて思ってしまいますけど、それでも世界一になった人がこれだけいるというのは驚きです。特に、トラック競技や競泳など、日本のお家芸といわれた以外の種目で金メダルをとってしまうのは、記憶にも残っていますよね。ソウルの鈴木大地、バルセロナの岩崎恭子両競泳選手の金、アテネの高橋尚子選手、シドニーの室伏広治、野口みずき両選手。どこか花形?であるトラック競技でも、日本人が通用するところを見せつけてくれたことは、100%本人の努力の結果ですが、勝手に日本人として誇らしかったり。逆にお家芸と言われ続けて、結果を残し続ける柔道や、シドニーの男子体操団体の28年ぶりの金も感動したなー。

さぁ、今回の北京は。野球が金メダルをとったら公式競技になってから初では?ノーマークから一気にメダリストになるヒーロー、ヒロインも出てくるんでしょうね。8月8日。もう待ちきれませんよ!

で、僕は8月22日から、オリンピックが一番盛り上がる?最後の週末にからめて「なぜか上海」へ行ってきます。上海が会場になってるサッカーは、三位決定戦が22日に行われます。まぐれでチケットとれたりは・・・しないよな。とにもかくにも、楽しみです、きっと寝不足です。





2008年07月27日付

「対決 巨匠たちの日本美術」を見ました。隅田川の花火大会の前に?上野に立ち寄ったのだろう浴衣姿の男女が溢れる午後、暑さはいくぶんましとはいえじとっと汗をかきながら、東京国立博物館へ。日本の風物詩を前に日本美術ですか。外国人も多く、ファンタスティック!といえそうなそんな雰囲気。館内は思ったほど混み合ってもおらず、やっぱり日本人にとってはピカソとかゴッホの方が人気があるんでしょうかね。でも、これだけどっぷり「和」につかると、心のふか〜いところで「ええなぁ」と思うはずです。というぼく自身がいちばんその「ええなぁ」に浸っていたんですけど。

で、この企画展。とにかく面白かったです。さながら日本美術のベスト盤的な作品群。国宝に重要文化財がのきなみ並んで、それをイヤホンガイドをもちながらゆっくりと歩くと、時間が経つのもわすれるほどです。ぼくもずいぶんゆっくり回ったという感覚があるんですが、それでも出口で数十分待たされるほど、同行者は興奮気味に「すごい、すごい」を連発してました。ほどに、例え今まで日本美術にふれた経験が多くない人でも、伊藤若冲って誰?と言ってる人でも、楽しめる企画展です。まだまだやってるので、是非。と、この「対決」を軸にした企画展。仏像あり、水墨画あり、浮世絵あり、屏風にふすま絵、茶碗に茶壺まで、「日本」が勢揃いしています。やれアニメーションだ、スーパーフラットだと、なんとなく安易に日本文化を考えがちですが、その奥はもちろん深く、今、モスクワで開催中の「サムライ展」もロシア人の心を掴んでいるというから、やっぱり底力があるんですよね。

若冲がもともと好きだったぼくは、その対決相手、曽我蕭白の前衛っぷりに感嘆。色遣いや構図がすごいんです。有名な「群仙図屏風」の前で、ぼんやりしてしまいました。墨で描かれた仙人とカラフルな仙人の交互な構図が素晴らしい。狩野永徳と長谷川等伯の屏風絵対決はもちろん見物で、やっぱり等伯の「松林図」はいいなぁと改めておもいました。長沢芦雪のでかい「虎図襖」や長次郎の「黒楽茶碗」、横山大観の「雲中富士図屏風」の超シンプルなコントラストまで、あぁ、もう、もう一回行きたいぐらいの充実ぶりです。博物館を出て、抹茶くず餅を食べながら、日本の夏だな、と思った一日でした。





2008年07月26日付

「その人と選んだ 人生がいま始まる」。
斉藤和義のかすれた高音でしっとりと歌われると、「ええなぁ」と思う。先週、ぼくは久しぶりに関西へ戻り、元後輩の結婚式に参加してきました。兵庫県内でも「山の手」にある式場は、緑が多く、白いウェディングドレスが映える雰囲気。庭に出て、集合写真なんて撮っていると、先述の歌が、コマーシャルの気分で流れてきそうでした。もう5、6年前になるのか?隣のデスクでカチャカチャとキーボードを打っては外国に「メッセージ」を送り、分からないことだらけだった「新人」が、「あたし、結婚します」って。時間って早い。で、人生で最も輝く【一瞬】だけに、ほんとに綺麗でした。おめでと。

で、東京に戻ってみると「だれでもよかった」という訳のわからない無差別殺人ですか。「その人」と決めることのできない浮遊者。旅人によく使うこの言葉が、今、職もなく未来もないような定住者(固定者)に使われるように思います。つまり、浮遊しているのは、身体自体ではなくて精神的なものというか。目の前のものをしっかりと握りしめることもできないまま、漠然とした「妄想?感情?」、そんなものでナイフを突き立てる。先日の秋葉原の事件の際にも記したような気がしますが、被害者は、「そんな者」によって殺されるべき人ではないのです。

ぼくらは、こんな殺人が出来てしまうような社会で生活しているし、そこに「危機」など感じなくてもいい信頼のもとで街を歩いていたはずです。犯罪者の深層心理を探って、「そうならないための対策」も必要だとは思いますが、なんというか排除に排除を重ねて隅に追いやられているような人がいるなら、包丁じゃなくて、「言葉」とか「笑顔」とか、そういうものを持って街に出てきてほしいと思うし、それを包み込むような社会であってほしいと願いますね。それはきっと、昔あったような社会かも知れませんけど。(今回の八王子の事件、犯人は、殺害直前に100円ショップで包丁を購入していたそうです。なんというか、被害者の方の無念さや怒りが、このエピソードだけでも増長されるような。心よりお悔やみ申し上げます)





2008年07月19日付

スポーツの世界で、ヒーローとなった人の幕引きは、いつも印象深いものです。個人的に最も「ヒーロー」像に近かった野茂投手の引退は、一言で「とても残念だし」、同時にご苦労様でしたという気持ちも沸いてきます。39歳での引退。勝負の世界が突きつけた結果、ということでしょうか。「巨人軍は永久に不滅です」というフレーズが何度も繰り返される度に、【その時代】に生きていなかったぼくは、正直いってさほど感情もぶれないのですが、千代の富士の「体力の限界」発言は、リアルタイムを生きただけに感慨深いものがありました。今回、野茂投手が言ったコメントは、お金をもらって魅せる「パフォーマンスができなくなったこと」。これが引退の理由だそうです。パフォーマンス。勝負師として、自分の体力に限界を感じて身をひいた先の大横綱とは、ニュアンスが異なっています。スポーツ選手は、パフォーマーだという考えは、ひとえにアメリカという土壌でおそらくは最も人気の高いベースボールの世界に生きた人だからこそ出てきた言葉ではないでしょうか。

ノモマニアなるファンが出来、メジャーでも屈指の人気球団ロサンゼルス・ロジャースに所属した野茂投手は、ぼくがアメリカの地を初めて踏んだ前年、オールスターで先発投手をつとめました。日本で成績を上げた「ピーク選手」のメジャー流出。当時の球団の「英断」には、頭の下がる思いです。が、記憶が正しければ、イチローや大魔神、ゴジラや松坂のようにはスムーズにいってなかったように思います。「誰もが、メジャーの成功を心底期待していなかった」、、、言ってみれば日本を放りだされるように、年俸も驚く下げての移籍だったような気がします。しかも、当時のメジャーはストで人気を下げ、そのスト明けの時期。トルネード……、上半身を大きく回転させる独特のフォームも手伝って、一躍スターに上り詰めた野茂選手は、二人目のメジャーリーガーとはいえ、第一人者という称号は間違いないでしょう。球威、フォークの切れ、申し分ない「パフォーマンス」。クールなインタビューの受け答えも印象的でした。もうとにかく格好良かった。この時代を生き、野茂選手の活躍が目に焼き付いていることに感謝して。

1996年から数年間の大ブームの後、5年後にリーグをまたいで復活した様も、さすがは英雄(ヒーロー)でした。小雨のふるなかでのノーヒット・ノーラン。小さく右手を挙げてガッツポーズする野茂投手に、かけよるキャッチャー。あの映像、ずっと忘れません。





2008年07月12日付

「超現実的宇宙ツアー」という特集記事が創刊されたばかりの「diaries」(アクセス・パブリッシング)という雑誌に載っていました。旅のオプションとして「スペース・ウォーク(宇宙遊泳)」、お値段18億円!なんて読むと笑えてしまうのは僕だけでしょうか?そしてこれを現実的、それも「超」まで付けてしまうあたり……、世界にはお金持ちがどれだけいるの?と思えてしかたありません。ただ、宇宙ツアーは、死ぬまでに1回は行きたいなぁ、と企んでいる僕は、500円貯金なるものを始めましたよ。まだ思い切り軽いですけど、貯金箱。

まぁ、世の中にはいろんな「ツアー」があるものです。以前作っていた雑誌で、おもしろツアーばかりを集めた本ができないか探っていたとき実感したのですが、軍隊の訓練所観覧とか、無重力体験とか、ミステリーツアーならぬ、気球に乗ってどこへいくか分からんツアーなど。そういうインパクトのある企画で注目してもらって、結局はベタなところへ落としこんで集客していくというのが「手」なんでしょうね。

ベタな所……、世界遺産と名の付くところは、いつまでたっても人気がありますね。日本国内で選考して、ユネスコにあげ、毎年7月の会議で遺産リスト入りか否かを決める。始まりは70年代ですけど、日本が批准したのが遅く、90年代に入ってから法隆寺、姫路城、古都京都など続々と誕生しています。石見銀山に至っては、日本人でもあまり馴染みがないのでは?と思えるほど、今までは日本国内選考さえ通れば、リスト入りは間違い無かったのです。今回、平泉が落選したことが、そういう意味では「逆」に注目ですよね。世界全体で世界遺産が増えすぎたというのと、やっぱりあくまで「キリスト文化圏」という、、、なんというか「欧米か!」が中心な訳です。黄金の国・ジパングのモデルになった彼の地も、世界遺産としての価値は、なかなか認められなかったのでしょうか。僕はだからこそあえて行ってみようと思いますけどね。

世界遺産しかりですが、どうも「世界スタンダード?」みたいな価値基準で、どこもかしこも同じようになるのが心配です。あの個性的を売りにしていた大都市ニューヨークさえ、没・個性が言われ初めて、ザ・ヨーロッパ的な印象のパリも、どうやら高さ制限を取りやめて高層ビル林立の道を歩もうとしているとか……。なんでしょうかね、ツアーで訪れる「ベタ」なところが、ほんとのっぺらになっていくように思えます。





2008年07月06日付

明日から始まるサミット。それに向けた「警戒」がすごいですね。【先進国】なんて言っている国々の首脳が集まるのですから、それもまぁ、「ターゲット」になりやすいと言うことで。主要な通りでは炎天下の中、何人ものお巡りさんが一日中ず〜っと立っては、不審者の不審車?を止めては検問したり。もう地下鉄に至っては、普通の光景になりましたね、警官がいるの。と、それが「当たり前?」と思えるのは、やっぱり9.11以降からでしょうか?以前、沖縄で行われたサミットの時は、ここまで警戒が厳しくなかったような気もします。8年経って、その間にはイギリスでのサミット中、ロンドンでテロが起こった実例もあります。警戒に警戒を重ねるのも、今の時代という事なのでしょうか。これを窮屈に感じるなんて、【暢気】なことも言ってられないんでしょうね。ん?ほんとにそれは暢気なんでしょうか……分からなくなってきました。

そのサミットの大きなテーマは「環境」。テロに警戒しながら、向こう50年の「地球」相手の対策を話し合うわけです。環境との戦いという印象を持てば、ここ最近の50年を振り返っても一番厄介な「相手」のように思えます。共存するはずの自然を、その蘇生力にだけたよって「好き勝手」やってきたツケ。壊すのは一瞬でも、元通りにするには膨大な時間がかかります。中学生の時、「タバコを吸っている人の肺」の写真を見たとき、この肺が元通りになるには吸った時間の倍以上かかると言われて怖れていたのを何となく思い出します。そんなに時間がかかるなら、まぁ、いいっかと思って吸い続けていると、取り返しの付かないことになる、それも分かっていて変えられない。世界の環境問題に対する、どこか徹底の無さは、スモーカーの気分に似ていたりするのかもしれないなんて思ってみたり。

とにかく性急に結果を求めず、出来ることから約束するのがいいんでしょうけど、その案配がどうも、「やり合う」焦点なんでしょう。みんなの地球、笑ってしまいそうでも、それが現実で、どこかだけが一人抜けできないのです。そこが、スモーカーのそれとは決定的に違うところというか。なのに、そんな気分で「ま、いいっか」は、いけないのだと……。そんな【暢気】なことは言ってられないのです。





2008年06月29日付

無人島に漂流し、そこで生活していた夫婦。ある日、日本人の青年が流れ着き、そこをトウキョウと呼び始めた。そんな小説「東京島」(桐野夏生著)が面白いです。与那国島から逃げ出した青年一行に続き、中国人たちも流れ着き、彼らをホンコンと呼び始めます。ストーリーの根幹は、無人島(脱出不可能な)で、男性ばかり、女性一人という構図があるのですが、それよりも、コミュニティが出来、それが崩壊し、そして再生される流れが非常に面白いのです。ホンコンは生活を豊かにするため、食の保存法など実利的な方向へ走り、トウキョウでは、絵や詩といった文化面の充実を図る、、、など、経済成長真っ直中の中国と、高度成長して文化面に生活の豊かさを求めだした日本を暗喩?直喩?しているような。数十人しかいな島でも、「はじかれ者」は存在し、トーカイ村という場に追いやられます。なんというか、結論まで書いてしまいそうで怖いのですが、終わり方も流石と思わせる出来で。一読の価値ありです。

に、しても週末の雨、多くないですか?「森山大道展」の招待券を貰ったので(それも今日まで)、行こうと思っても、この雨ではね。ついつい億劫になってしまいました。近くのスーパーにさえ出るのが面倒で、昨日、座椅子で寝てしまって身体中が痛いの言い訳に「鬱陶しい雨」をず〜っと見上げてました。6月も、もう終わりですね。梅雨=6月っていうのは、ここ最近のデータでは正しくないようですが、それでもやっぱり、はやいこと梅雨明けしてほしいなと思いつつ……。

新しいページをスタートさせました。題して「世界飯」。ミシュランじゃないけど、東京にはほんとにたくさん美味しい店があって、電車一本で行けてしまう環境を無駄にはしまいと、月いち?ぐらいのペースで食べ尽くそうかと思っております。ま、最初はベタにメキシコ料理から。辛いとか濃いとかそういう単純な味じゃない奥深さには、コロナビールよろしく、あっさりしたラガービールがぴったりでした。詳しくはsekai MESHIへ!





2008年06月21日付

今年の夏、ニューヨークでは「バーベキュー」レストラン?が流行の兆しっていう記事を読みました(「Pen」No224)。そもそもレストランとバーベキューが一緒になるイメージはないですが、そこは白いマヨネーズに対してブラック・マヨネーズっていってみたり、子供(チルドレン)にミスターを付けてみたり。そういうあべこべな感じが「受ける」んでしょうか?

大都会マンハッタンのど真ん中で、分厚い肉を焼いてワイワイ言いながら頬張る。そんなアメリカ人の姿を想像しました。片やソウルでは連日BSEのデモが蝋燭を灯した静かな抵抗をしているのに・・・、です。ちなみに、紹介されているお店は、ユニオンスクエア近くのWildwood Barbequeというオープンしたての店で、広告的要素も大きいのかな、とも思います。

都会に住む人の「ワイルド」は、どこか小綺麗で、その「あべこべ」な感じがまた良いのでしょうけど、どうも「パック」された感が否めません。実際のワイルドよりも超縮小された「○○風」っていうところで満足しているというか。リアルとバーチャルの間で、二つのものを強引にくっつけた形にしか見えませんよね。昔、「雑誌を作るときには考えられないような2つをくっつけると面白くなる」なんてことを学んだような記憶があります。例えば、京都の醍醐寺というお寺にある「宝物殿」で、グッチのアクセサリー展を開催したというような例です。仏像の横で煌めく宝石が、なんというか絶妙に良かったのも確かです。が、そういう異色コラボから生まれるNEW ONEなものがシーンとして定着するというより、ここ最近の「あべこべ」の先には、「便利・簡単・綺麗」っていう、とても単調なゴールがあるように思えます。それにむかってあれもこれも単一化?されているようで、本当につまらない。

パリのシャンゼリゼ通りも大手チェーン店の店舗だらけになったり、あのニューヨークですら没・個性と言われ始めてます。丸の内と梅田、駅前のデパートに入って土地柄なんて感じますか?何かと何かをくっつけるのであれば、エセ体験的なところに収まらず、どこにもない「ここだけ」のものを作って欲しいなと思います。





2008年06月14日付

燃油代コミコミ。「エイチ・アイ・エスは燃油代コミコミ、まえだまえだデス」のCMが印象的な航空便の燃油サーチャージ【問題】。これが問題になるのは、欧州線4区間(成田からヨーロッパのゲートシティまでロングで飛んで、その後シェンゲン内を繋いだ場合の往復)で、燃油代が5万円台なんてことになっている昨今の事情から、「旅行代金」とは別途徴収する空港税などのサービス・タックスと同じ扱い、つまりロンドン往復80,000円です、ってなチケットが、+タックスと燃油サーチャージで132,000円ですことになる「はぁぁぁぁ?」な状況を指しているからです。それもこれもブッシュのせいです、なんてことで納得もいかず、じゃーや〜んっぺ、という人が多いのかどうか……、日本人の旅行者数こそ横ばいですが、確実に若者の海外旅行離れは進んでいる訳で。つまりは分かりにくいのが問題なんでしょう。

政府は、各旅行会社に燃油代も含めた料金提示を義務付け?するようです。まぁ、コンビニでも消費税を含んだ表示が一般的になってきているので、当然と言えば当然ですが、3ヶ月に1回見直しされる燃油代を、例えば向こう半年間の料金発表!なんて時期に込み込み代金で出していれば、高騰を続ける現状で旅行会社は差額負担をまかない切れるんでしょうか?と心配にもなったり。ここ3〜4年の旅行術として、例えばA地点からB地点に行くまで、安い南回りだと「区間」が多くて燃油代が高く、少々タリフの高いキャリアでも区間の少ない直行便を選んだりして総額を抑える、っていうのがありましたが、これからはそんな面倒なことを考えずに、「価格順」っていうボタンを選んで、ざ〜っと検索すれば一発で分かるんですから、僕ら「使う側」にとっては助かりますよね。消費者側の視点で、サービスを行う。同業他社がどう感じようと、エイチ・アイ・エスっていう旅行会社はそういうのに長けてますよね。

そもそも、なんで飛行機だけ「ガソリン代」を客が負担するの?っていう不満はあるでしょうけど、それは「別途徴収」だからこそ目立つ訳で(もちろん金額がバカでかいというのが一番ですが)、込み込み代金になれば、利用者が負担してるっていう感覚も薄れていくんでしょうかね。





2008年06月07日付

上野駅の公園口から縦断するようにして、東京藝術大学の大学美術館へ向かう途中、本当に多くの外国人が訪れているのだと改めて思いました、今日。天気いいなぁ、と大きく伸びをするよりも多く、です。

外国人。そう口にするとき「日本人」というのがもちろんあって、今週はそんな日本人って何?というのを考えさせられる出来事が続いて起こりました。一つは、アイヌ民族を先住民族として認めるよう政府に求める国会決議が採択されたことです。元首相・中曽根氏が「日本は単一民族国家」と発言したのが22年前。あの頃から比べると、日本(大和)民族の他に琉球やアイヌの人達の文化がずいぶん浸透しているように思います。実際、アイヌ民族の先住性はすでに認められているし、94年にはアイヌ民族初の国会議員も誕生しています。権利という面で何かが大きく差別されていることはなさそうですが、その昔、日本人としての「あれこれ」を強制し、民族独自の文化や生活習慣を「制限」したという歴史があります。そうして奪われた「元あった権利」が、未だ未解決になっていると。土地、言語の問題しかりです。民族の「元あった権利」は、【今】の権利との折り合いが難しいというのが実情です。これからどう向き合っていくのか。サミットだからと言って、一時的な盛り上がりにしてはいけないと思いますね。

もう一つは、国籍に関する判決です。フィリピン人の妻と日本人の夫の間に生まれた子供に日本国籍を認めるかどうか。例えば、2人が結婚していれば何も問題もありません。結婚していなくても、認知されていれば国籍は取得できます。が、認知されず、結婚もしていない夫婦間の子供には日本国籍は与えられない。そんな国籍法の一部を違憲だとする判決が下りました。法律を違憲とした判決は戦後8例しかなく、これは大きな判決だと言えます。同じ日本で生まれ育った人の中に、国籍の違い、そして国籍の有る無しが存在するなんて、「全然しらな〜い」と暢気なことを言ってる場合ではありません。時代は動いているのです、と言われたような気がします。

美術館を出てブラブラ歩いていると、「薬師寺展」の行列の横で、ドイツのボランティアグループが炊きだしをしていました。そこに並んでいるのは日本人の、ホームレスの人達が大半で、カップに入った麺をズルズル啜っていました。ほんと、色々なんです。





2008年05月31日付

アケメネス朝とかグプタ朝とか。世界史を選択していた人には「〜朝」っていう王朝名がスラスラといくつか出てくるのではないでしょうか。でも、シャー王朝を挙げる人は少ないでしょう。これは、つい先日2008年5月28日に幕を閉じたネパールの王朝です。1769年、日本で言えば江戸時代の頃から続いていたシャー王朝が、約240年の歴史に終止符を打ち、ギャンネンドラ国王は王宮を追い出され一般人になりました。21世紀に入ってから、ネパール王家では色んなことがあって、王宮内で虐殺があったり、強権を振るったり、民衆がデモをしたり。そういう「ゴタゴタ」も終わって、晴れて共和制へ移行したのか、めでたしめでたし。ということでもなさそうです。ぼくがムンバイに行ったとき、あるレストランでネパールから出稼ぎにきていた青年と出会い、彼は自国の「マオ派」についてしかめ面を見せていました。そのマオ派が今の議会では多数派となっています。また、デリーの空港で、字が書けないから入国カードを書いてくれと頼んできたおじさんのパスポートはネパールのモノでした。民主政治になったからといって、この貧富の格差が縮まるとは考えにくいのが専門家?たちの見解です。人なつこく、親切なネパール人が、その特性をいかんなく発揮して、カトマンズやポカラだけではない魅力的な町や村作りをしてもらいたい、と切に願います。こんな事を記していると、モモが久しぶりに食べたくなってきました。

話は変わって、東京するめクラブというゆる〜いクラブがあります。雑誌「TITLE」で連載され、単行本として「地球のはぐれ方」が出たのはもう4年前?ぐらいですか。それが文庫本化したということで読んでみました。村上春樹、吉本由美、都築響一。この「中年トリオ」が、【ちょっと変なところにいって、ちょっと変なものを見てまわろう】をコンセプトに、色々旅した記録本です。大秘境でもなく、最新トレンドスポットでもない。聞いたことはあるけど、いったことのない、なんというかそう言う微妙かつ絶妙な旅先で、まぁ、言ってみればどーでもいいことに「幸せ」を感じてしまいそうな写真とテキストを満載しているわけです。熱海、サハリンあたりは相当面白いです。通勤電車の行き帰り、難しい本なんて読みたくないほど眠かったり疲れていたりするとき、もってこいな一冊です。まさに噛めば噛むほどアジのあるスルメってやつです。





2008年05月25日付

横浜駅で乗り換え、中華街駅で降りる。と、予報通りの雨が降ってきて…。ぼくは昨日、横浜の中華街で本格中華?を堪能しました。いくつもある「門」の端に、雨に濡れてはがれそうな『紙』があって、「日本のみなさん、ご支援ありがとうございます」という日本支援隊への感謝が述べられていたり、義援金ボックスが数カ所に置かれていたり。四川大地震は死者7万人に達する大惨事になりました。まだまだ不明者が多く、天然「ダム」崩壊の危険性など二次災害への懸念や、衛生の悪化による三次災害への懸念など、予断を許さない状況。被災地から北京入りした「イケメンパンダ?」なる五輪パンダも、気が気でないかもしれません。

その中華街で「筆」を買いました。ずっと前から書をやりたいと思って、思ってばかりだったのですが32歳を機に、というのでもありませんが、まぁ、なりゆきで購入したのです。おごってもらいました。結構なお値段で、これは高校時代に選択科目でとっていた「書道」の時間には書けなかった字がかけるかも、なんて思ってしまう自分が「かわいらしく…」、『弘法筆を選ばず』なんてありきたりなことわざが浮かんできたりします。そんな言葉に「あの時代」とは道具の質が違うんだよ、と毒づいてみたり。選ぶほど豊富な道具が存在しなかった「昔」とは違って、道具も実力の一つとばかりに「進化」しているのです。

競泳の話もしかりです。イギリス・スピード社製の水着は、詳しくは知りませんが、身体を締め付けて体積を減らす?とか云々で、水の抵抗が少なく、実際にタイムが縮まるようです。日本の競泳陣は、個人スポンサー契約などもあって、国内メーカーの水着を着るらしいですが、「道具」を選べないというのと、選ばないのは違う話。北島康介はミズノで行く、という「選ばない」宣言をしています。最大のライバルもナイキと個人契約しているとかの話で。まぁ、とにかく、道具は進化し、何を使ってもパフォーマンスは変わらないというほど甘い時代ではないように思います。特に、百分の一秒を競うならなおさら、実力で凌駕できる範囲は限られてくるように思います。

ここは、「選ばない」人と区別して、「選べない」人を作らないよう、各関係者の判断を期待したいですね。





2008年05月17日付

阪神が強いです、そして巨人が弱いです。昨日、水道橋の王将で餃子を食べていると、隣のテーブルにカープのユニホームを着た一団がいました。背中しか見えなかったのですが、「あ、勝ったんだな」と分かるほどのはしゃぎ振りで……。この夏には、そんな阪神や巨人や広島なんかの「垣根」を越えた「チーム・ジャパン」が再び結集して、オリンピックを戦うわけです。キャッチャー不足が叫ばれる中、さぁ、念願の金メダルは取れるのかと、今から楽しみです。とにかくぼくは、オリンピックがワールドカップよりも好きなのです。

はっきりと覚えているオリンピックは「ソウル」ぐらいからでしょうか。あれからバルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネときて、20年ぶりのアジア圏開催の北京オリンピックは、たとえ柔道や体操で世代交代があって、代表選手の顔が分からなくても、今からハラハラして、おそらく「Number」のオリンピック特集号(3号連続)もしっかり買って「保存」してしまうのです。2000年シドニー五輪の時、プレ・オルンピック特集の表紙は高橋尚子、オリンピック開催中の表紙が中田英寿、そしてオリンピック直後は再び高橋尚子が飾っていました。2004年アテネ五輪は、順にサッカー代表・大久保、そして北島康介、最後は野口みずきでした。さて、今回はどうなるのか。北京だけに卓球の福原愛?昨年12月のあの興奮がよみがえってダルビッシュ?などなど考えてるだけでも楽しみですが、これから数ヶ月でニューヒロインやヒーローが出てくる可能性だってあるだけに、あ〜もう、早く夏になれ!と思ってしまいます。

それまでに、四川は復興し、自然はおとなしいままなのでしょうか。死者数だけに留まらず、被災地の広さに驚き、耐震性云々よりも地震そのものの強さに、今回の四川地震ではぞっとさせられます。天災ではなく人災だ。そんなことを四川地震でもミャンマーのサイクロンでも聞きます。中国では、官僚と癒着して手抜き工事をしていたとか、ミャンマー政府は人的支援を保身のために拒んでいるとか。そういうことを言っている場合か?という「あたりまえ」の議論が、国連においてもすんなり通らない、今の国際社会の複雑さ……、ほとほと、呆れる次第です。





2008年05月10日付

サイクロンとは、インド洋上で発生する熱帯低気圧が暴風を巻き起こすこと。先週、ミャンマーを襲ったサイクロンによる死者は、数十万に達するといいます。いや、二万人強だと発表する軍事政権は、当初中国などごく一部からの援助しか受け入れない姿勢で、、、ほとほとどうしたものかと思います。既得権益にしがみついている嫌われ者は、いつも見にくいものです。それにしても、台風、ハリケーン、TSUNAMIと、自然の驚異は突如で信じられない力で襲ってきますね。それにどう対処すべきなのか。人間って、それに立ち向かえるのか。日本の気象庁は、地震発生の際、緊急地震速報を流し、少しでも被害を減らそうというシステムを試みています。

ゴールデンウィーク明けの7日(日付は変わって8日でしたが)、東京では大きな地震がありました。ぼくは、連休明けにもかかわらず、その晩は飲んでいて、終電に間に合うためにダッシュしたことが災いしてか、とても怠く、部屋に戻ってシャワーを浴びたら、知らないうちにベットに入ってました。と、カタカタと小さな揺れが。ぼんやり、あ〜地震だ〜、って思うのも束の間、結構長く揺れていたので、え、え、え?と眼をあけるとガタガタガタと大きく横揺れし始めました。瓶と瓶が擦れあう音が響いたりして。とりあえず起き上がってベットに座るとメールがなりました。誰や!こんな地震の「最中」に、と思っていると以下の文面が……
「件名:エリアメール 本文:緊急地震速報 茨城沖で地震発生。強い揺れに備えて下さい(気象庁)」1:46am

・・・どうしようもありませんでした。だって、もう揺れているので。それに備えろと言われても。翌日、またしてもうまくいかなかったこのシステムの話題がウェブニュースにおどってました。そもそも、実際に地震が発生してから伝えて間に合うものではないんでしょうね。それをやろうとしているのですから、うまくいけばみっけもんという感じでしょうか。さて、このシステムにいくらの税金をつぎ込んでいるのやら……。

突如として、信じられない力で襲ってくる自然災害に、備えることの重要さと、同時に無力さや無意味さが見え隠れして、限界を感じてしまいます。





2008年05月03日付

アフリカ南部、ナミビア沖の大西洋で沈没船が見つかり、金貨や象牙などの財宝が出てきたそうです(朝日新聞より)。この船は、500年前に喜望峰に到達したスペイン人バーソロミュー・ディアスが使っていた可能性があるとかで、長い年月沈んでいた「宝」が日の目をみた、と。これを発見したのが、ダイヤモンド発掘会社というからおもしろいもんです。原石のうちは輝かないダイヤを探して地球を掘り、かつて間違いなく輝いていた宝を「拾う」んですから。もう十分ほじくり返して「キラキラ輝いてきたでしょ」と、500年前からの啓示でもあるような……。だからもう掘らないで、と思し召しのような。

いやはや、もう何百年も前の大航海時代から、もっと言うなら何千年前から、生まれ育った土地を出て「旅」する人たちがいたんですね。先日、若者が海外へ旅しなくなったというニュースが載っていました。その理由に、お金と時間の欠乏、ついでインターネットで行った気になるというのがあるそうです。情報過多で、手軽に手に入る「海外」は、実際触れてみると違うんだけどなぁ、と思うぼくも、ま、綺麗なサイトを見つけると、その中で浮遊して「その気」になるわけですから、気持ちはわからなくはないです。

ラクダに乗って旅していた時代から、船が出来、飛行機が出来、旅の形は変わりつつも「人」はずっと旅し続けてきました。例えば、ネットワークなり情報網なり、ウェブが「船」や「飛行機」のような一種の旅の道具だと考えれば、そういう変わり続けた旅の形のひとつに過ぎないのかな、とも思ったりします。クリックして出てきた写真、そこに書かれているテキスト、あ〜、こういう所もあるのかとか、そういうもんか、など。自室にいながら、モニター内で広がるのが「世界」だ、なんて思っている若者たち。彼らを旅人と呼ぶには少々無理もありますが、きっと時代はそうなんでしょうね。

そんな「旅人」たちへ、一冊の本を紹介したいと思います。かつてサイゴンと呼ばれていた時代の、ヴェトナムの姿を記したルポタージュ。開高健の『サイゴンの十字架』(光文社文庫)は面白いです。湾岸戦争、イラク戦争を目の当たりにしてきたぼくらの世代が、どうも分かりづらいヴェトナム戦争を、右から左へ大きく振れた人達の「生の姿」を、年をおってルポしています。数十年前に「旅」するのに、もってこいです。





2008年04月26日付

何でもやっていいとか、どこまで行っていいなんて言われると、ただそれだけでソワソワしてしまうぼくは、よく「例」として制限速度のない高速道路、ドイツのアウトバーンを挙げてきました。翼を広げて、大空を自由に飛ぶ鳥なんかよりも、よっぽど現実味があったからです。

現状、住宅密集地を除いて制限速度のないアウトバーンに、このほど、ついにブレーメン市内全域で120キロの速度制限が導入されたそうです。多発する交通事故と、排出ガスが原因になっている環境悪化に対処するためらしいです。

なんとなく、あ〜あ、と思ってしまうのは、なぜでしょうね。「これが現実です!」って突きつけられているようで……そんな現実かぁ、って思ってしまうからでしょうか。スリランカではテロが続発してて、北朝鮮とシリアは核でつながり?それにともなってイスラエルの反応。きな臭い動きは、チベット問題と聖火リレーだけではないのが「現実」です。

そんな現実から逃避して、どっか遠くへお出かけの人も多いのでしょうか?今日からゴールデンウィークです!でも、どこ行ってもいっぱいなんでしょうねぇぇぇ。

開き直って近場でチョロチョロ動くぞ、と決め込んだぼくに、「PAPER SKY」っていう雑誌が届きました。今回の特集は、「カリフォルニア・モーニング」。サンフランシスコ近郊の北部カリフォルニアで、「朝」を満喫しようという企画です。

ビートニクやヒッピー文化が謳歌した土地で、早起きは三文の徳、的な内容。ブレックファーストはファーマーズ・マーケットの側で超天然素材を、で、お腹が膨れたらMorning Airを思い切り吸い込むマーケットやワイナリーやブックストアへ!あ〜、思いのままに早起きして、ふら〜っとどこかへ行けちゃう旅ってほんといいですよね。いそいそとHISのサイトなんかみたりして、、、遅いか?





2008年04月20日付

今年に入ってまだ3回しか負けたことのない阪神が、今年に入って初めて観戦にいった日に4敗目とは……。それも、雨の降る中。昨日、ぼくは温かい天ぷらうどんが美味しいと感じる、初春のナイターを観戦しました。6時20分の開始に合わせ、JR千駄ヶ谷の駅を降りると、それまでとは違って傘がなくては歩けない程の雨に……、駅前のコーヒーショップはどこも満員、コンビニも傘を求める人でごった返していました。東京体育館の屋根に沿って移動し、部活を終えた学生の群れの中を歩くこと数十分。降ったり止んだりし始めた隙を狙って国立競技場を一気に越え、神宮球場へ向かいました。阪神、阪神、また阪神。駅を降りて甲子園球場へ向かう途中、高架下に集まる「あの光景」とまではいかないものの、それに近い率で阪神ファンがいました。試合が始まると、レフトスタンドでは、ワッショイ、ワッショイと一つの塊となって声援する姿。

あの、集団心理を、仮に「楽しい」とするなら、今世界中で怒っている中国人によるデモもそうなのかな、とちょっと思ったりします(根底にある動機に違いがあって、そもそも比較することがおかしいのはわかってますが)。ある方向に向かって集団が動くと、それぞれ個々の中で多少の「大小」はあっても、動き出した熱に煽られてみんなが同じ温度で走り出してしまうというか。そこに、元々の意味は薄れるというか。中国国内でおこっている対フランスのデモも、フランスやイギリス、ドイツで行われている中国人によるデモも。チベット問題に関して歪んだ報道がなされているという訴えが、三年前の日本へのデモと同様、なんというかワッショイ、ワッショイ的なように見えてなりません。

ぼくは、普段阪神側のスタンドで、メガホンをもって声をからし応援するのですが、昨日は一塁側にいたので、そんな集団を客観的に見ました。試合の応援には「勝ちと負け」がはっきりとあります。多少、審判のジャッジがどうのというグレーなところはあったとしても、まぁ、必死に応援をした「結果」というものがある以上、ややこしいことにはならない訳です。が、今回の五輪に絡めたチベット問題の行く末はグレーだらけで、チベット人の人権侵害というはっきりした事実が、中国人にいわせるとそうではない、らしく。う〜ん、ややこしいと思ってしまうわけです。はっきりした事実があって、それに対する自分の意見としてデモをする。そのデモがワッショイ、ワッショイ的なものとしても、はっきりしている分、後には引かない。が……、どうも中国政府の対応には、曖昧なものが見え隠れしているようで……。ついに今週、聖火リレーが日本にやって来ます。





2008年04月12日付

5本指のソックスが快適だと知っているのは、それを履いた人だけで、想像で理解するのは難しいですよね。そんな想像を超えた快適な履き心地となるんでしょうか?5本指サンダルなるものがアルペンから発売され、好調な売れ行きだそうです。メーカー曰く、「脱げにくく、歩きやすい。4本ある鼻緒が指の間を刺激して指圧効果が期待できる」と。そもそも脱げにくいサンダルって必要なのかな、とも思いますが、こうグリーンハウス的な地球では、夏真っ盛りに重宝するんでしょうね。想像してみてもいまいち分からないので、この夏は、ひとつ買ってみようかと思っています。ただ、これをもって健康ブーム云々は怪しいですが・・・。

想像を越えるほどの「何か」。
世界中の自治区とよばれる場所には、そんな「何か」があるのかも知れません。独立宣言をしたコソボや、越境してまで軍を送るトルコとクルド人自治区、一向に進展のないパレスティナ自治区。そして、五輪の聖火リレーという世界から集まる注目を利用したチベット自治区。それぞれの訴えや「行動」は、なぜそこまで「もめようと」するのかとも思ったりします。どんな不満や忍耐があるのか、、、と。

自治とは、広辞苑によれば「自分たちのことを、自分たちで処置すること」らしいです。その「自分たち」という集まりが、民族だったり宗教だったりすると、国家という「水」の中にある「油」となりかねないわけで、いくら棒でかき混ぜても融合しませんよね。と、頭では分かっているのですが、それを行動に起こし、独立まで行くと…。その先のリスクや、行動による犠牲ばかり考えて、やっぱり首を傾げてしまいます。

自治区なんて外国の話、と思っていると、日本でも地方自治の問題があるじゃないですか、ということに思い至りました。中央が牛耳るお金を、地方に回すという動き。一般財源化には、そうした問題もあるんだそうです。それも、一般財源化しても、造る道路は据え置きのまま……。これぞ形だけという気がしてなりません。とにかく、想像を超えるほどの「何か」に期待する一方で、心の隅では想像を超えるほどのリスクがあるように身構えてしまうんです。国家ほどの大組織じゃなく、いかなる組織でも「自分で自分を処置」する自治は欲しいし、それを律する確固たる個々でありたいですよね。想像を超えるほどの何かに、想像だけじゃなく触れてみたとき、「よかった」と思えることを増やしていきたいと、漠然とですが、思ったりします。





2008年04月05日付

新入社員が群れをなして、「ちょーすげぇー、満員〜」なんて言いつつ、いつもより満員になってる通勤電車に乗り込んでくる春。4月になりましたね。こう陽気がいいと、ついつい出歩いてしまいます。そして今日、スニーカーを新調しました。とにかく歩きやすいことに重点を置いて、ど定番のエアフォース1。配色にやられました。狙い通り歩きやすいので、お気に入りです。

それにしても、ガソリンだけは束の間の値下げ競争で話題になってますが、公共料金をはじめ、カップ麺まで値上がりするのにはまいります。スーパーで「えっ!?」なんてベタに驚いたりしましからね。「どん兵衛」って148円もしましたっけ?とか。

そもそもこの値上がり、元を辿っていけばサブプライムローンに行き着くなんて記事を読みました。アメリカがバブルの頃の、なんとも浅はかな儲け話が、でっかい太平洋を挟んだ日本にまで影響するとは。それがグローバリズムっていうことの証なんでしょうね。それにしてもどん兵衛は高すぎです。ふと気づけばドトールまでブレンドSが200円になってるではないですか。これでベローチェが一番安くなりました。残念なことに、ぼくの行動範囲になかなかないんです……。

モノに重点を置いてやりとりしていた時代、貨幣なんてその「代わり」にすぎなかったはずが、形の無いものに貨幣が使われるようになって、いつのまにか「貨幣」自体に相当分の価値が置かれるようになってから、どうも軸がずれて回転しているような気がします。馬鹿に暑い夏なんかも、一見して全然無関係ないようなことも、それは風が吹けば桶屋が儲かるってやつで。「結局、金かよ」なんて呆れていた世の中の、すべてのシステムが、今のこの、なんとも狂気な季節をつくってしまい、あれもこれもちぐはぐな気がしてなりません。例えば、大根一本でいくら、という「値段」があって、大根の価値と交換するものが貨幣です。そんな大原則を、流通の拡大やら先述のグローバリズムやらで相対的バランスの中で価値が乱高下して、、、石油王やらドバイやらを造ってしまってるわけです。欲しい人がいっぱいいるから「値上げ」する理論で、至極当然のように世の中は流れてますけど、歯止めの効かないまま、そうやって暮らしていいんでしょうか?確かに今、ぼくは酔っぱらってるし、出先だし、加えて携帯電話でこれを記しているので訳の分からないことを言っている気もしますが、そんな風に思います。





2008年03月29日付

木曜日、あれ?と言うぐらいに暖かくて、桜も吃驚して咲いてしまったようで……。「桜を見るならココ!」みたいな特集記事には載ってないような、なんでもないところで満開の桜を見ると、それはそれで「余計」に良いものですよね。木曜日、ぼくは東京駅の八重洲口から日本橋の高島屋に抜ける小道で、何本かの桜が、咲き誇って、小さくライトアップされている様に、あれ?と吃驚するほど、きれい!と思って、春を感じた次第です。

春ですよ、もう。スポーツです! 昨日、神楽坂の中華屋で、小籠包をハフハフして、生ビールをゴクゴクしていると、隣のおじさま達が「開幕だな」なんて話をしてました。ついにプロ野球も開幕。今、大阪の友人から「阪神二連勝!」といううれしい知らせまで来て、なんとなくソワソワしてきました。

開会式ボイコットとか、オリンピアでの採火式妨害とか、チベット関連でいろいろともめている北京オリンピックも夏にはあります。世界一の山、エベレストを越えてやってくる聖なる火が、暑い夏の真っ盛り、平和に北京の「鳥の巣」に灯ればいいな、と願うばかりです。それで、平和に灯った火が、静かに消える頃、地球全体も穏やかに「冷めて」くれればいいのに……とか、なんとか。

地球は年々、やはり熱くなっているようです。氷が溶けたりしているようです。「環境」が「平和」と同じ程度でキーワードとして言われる今、エール大学とコロンビア大学が共同で制作した「環境力ランキング」なるものがNewsweek(2008.03.26号)に載っていました。疫病を招く環境リスクの低さなど「環境衛生」と、大気関連リスクの低さなど「生態系の活性度」をそれぞれ100点満点で採点。このランキングによると、世界で最もエコな国はスイス。継いでスウェーデン、ノルウェー、フィンランドと続いています。なんとなく北欧とかアルプスとか、環境の影響をダイレクトに受けそうなところが名前を連ね、日本は、21位。真夏に熱い「競争」が行われる北京のある中国は、なんと149ヵ国中105位だそうです。このランキングだけで云々いうこともできませんが、切に願うのは、平和であって、「冷めた」地球環境です。105位の大生産国が、もっとエコになればいいのにな、と。





2008年03月22日付

雨が降っていても、休日前の夜の、新宿歌舞伎町は相変わらずだな、という混み具合でした。需要と供給のバランスはどうなの?と思うぐらい、どこの店も満員で、衝撃的なおいしさの「ヨード卵のだし巻き」に出会えた、たまたま入った一軒も、二時間できっちりと「追い出され」、会計を済ましていると、何人も待っていました。

今、東京都の人口が増加の一途を辿っているそうです。人口1,280万人と聞くと、溜息すら漏れます。この数字はあくまで住民台帳を元にしているので、住民票を移さずに働きに来ている人を会わせれば、もっと多いということになります。それに加えて、外国人旅行者がどっと押し寄せて来ているのです。

肩も足もちょっと動けば当たってしまう東京。こんな状況で、一人ひとりがある同一方向に向けて「怒り」を爆発させればどうなるのだろうと想像してみました。それは、とても怖く、無いとも言い切れないから、余計に不安になったりします。一つひとつの小さな気泡が、ブクブクブクブクっと激しくなって、爆発する。塊となって大きく振れる出来事の、予兆というのは、後になって振り返らないと分からないもの、というか。1ドルが95円になり、ラサで大暴動が起こる。そんな世界の「塊になって動いた」現実を目の当たりにして、そのスピードとパワーに改めて驚きを感じます。

グラグラと不安定な民衆の上で舵を取る中国政府、と思えば、ものすごく変化し、荒波といえる状況下でトップさえ決められない日銀。「今」という時期を有耶無耶にやり過ごそうとしているように思えてなりません。的確に捉えないとイージス艦ほどの「精巧さ」でも衝突してしまうものなのに。世界はもう、「平和呆け」している場合ではないんでしょうね。イラク戦争から5年が経ちました。いったい何だったのでしょう、あの戦争は、、、と振り返ることさえ出来ない現在進行形で、だれがどうやって終わらせればいいのか。それすら見出せていないのが現状です。「あ〜も〜」とイライラして、強制終了させてしまいたいような、、、再起動させてやり直したいような・・・。爆発して、壊した先が、とても心配です。





2008年03月15日付

世界中の生産地をまわり、品質の高いコーヒーを消費国に紹介するコーヒーハンター。生産国と消費国の両方の利益を考え、持続可能なコーヒーの意義を広めるという意味において、中世のプラントハンターとは違うと言い切る『コーヒーハンター』(川島良彰著/平凡社)を読みました。

以前、当サイト「words」のページでも書いたサステイナブル・コーヒー協会の日本地区理事長を務める著者は、これまでジャマイカのブルーマウンテンや、ハワイのコナ・コーヒー、さらにはスマトラ島のマンダリン・コーヒーの生産地で農園開発に携わり、それぞれの成功でコーヒー業界でも有名な存在。そんな彼の人生を綴ったノンフィクション本です。面白かったです。

高校卒業後、コーヒー焙煎卸業という家業をゆくゆくは継ごうと、コーヒー研究のため単身で内戦前のエルサルバトルへ。その後、内戦激化でアメリカに渡り、就職してハワイへ。そしてインドネシアへと住処を変える中で、結婚して子供をもうけます。その子供ともなかなか会えないほど世界中を飛び回る日々。そんな中で、ずっと引っかかっていた「ブルボン」コーヒー。この本のメインテーマは、幻とまで言われ、すでに消え去っていたブルボンコーヒーを追いかけ、復活させることからなっています。

今はレユニオン島と名前を変えたブルボン島で生産されていたコーヒー。中でも、先の尖った「ポワントゥ」と種類は、品質からいって極上のコーヒーだと。インド洋に浮かぶ小さな島で、かつてコーヒーが栽培されていたことすら知らない島民を巻き込み、宗主国フランスからの援助もとりつけて動き出した復活プロジェクト。昨年、ついに商品化されたブルボン・ポワントゥは、最高値のブルーマウンテン(100c2500円)よりも遙かに高い100c7500円で売り出されました。コーヒー愛飲家も納得させたその味は、こんなに高額にもかかわらず、売り切れ。来年の収穫まで待たなければならない状態だと言います。

失われたモノを、手探りで復活させ、それを成功させる。主立った産業のないところで、一つのブランドを造り、それを維持し育てて行く中で定着させていくという、なんというか、「援助」という言葉を使うなら、これが理想だろうな、と思わせる一冊でした。お時間のある時に、是非、どうぞ。





2008年03月08日付

二人乗りはいけません、と小学生の頃から何度も言われてきました。一台の自転車で二人も移動できるなんて効率的じゃないかと、それを言われる度に不思議に思っていました。だから、二人乗りをしていました。「不安定で危ないでしょ」という意味が本当に分かったのは、実際、自分が二人乗りをして怪我をしてから。「怪我をしてからじゃ、遅いのよ!」とも言われた記憶があります。

このほど、ロシアの新大統領にメドベージェフ氏が当選しました。42歳の彼のバックには、ロシアを大国へと復活させたプーチン元大統領がいて、プーチン氏の票がメドベージェフ氏への票になりました。2期しか勤められない大統領を、プーチン氏には特別に3期までやってもらおうなんて話も出ていました。そのためならルールだって変えるといった具合です。さすがにそこまで強引な事は控えたのか、プーチン氏が選んだ道は、自らが首相に就くというもの。そして大統領には、お抱えの若い議員を飾ることでした。国際問題にあたるのが大統領、国内問題が首相。フランスのような体制を敷いているロシアで、今のところ、完全にパワーが逆転している体制、これを「タンデム体制(二人乗り)」と言うそうです。

「不安定で危ないでしょ」
「怪我をしてからじゃ、遅いのよ!」

新しい体制のロシアは、どうなるんでしょうか。色々ときな臭い情報や事件が伝えられていますが、しらばくは注目ですね。思えば、エリツィン氏が急病で倒れて大統領代理になったプーチン氏が、いつの間にか絶大な支持を得るまでになりましたからね。メドベージェフ大統領も分からないぞ、という読みもあります。

コソボが独立宣言をして、それが正式に国として承認されたとき、黒海沿岸の、ロシアの西側の「諸国」が、どんどん誕生したりする可能性もあるんでしょうか。タイに韓国にロシアに、、、続々と新リーダーが誕生しています。アメリカの選挙ばかりに気を取られがちですが、日本に最も近い、そして強大な中国の、その元で台湾の総統選も近づいています。

あ〜、そんな中で、日銀の総裁も決まらない日本って・・・。





2008年03月01日付

70%も割り引くなら「くれ」って思う、飲酒運転はもうしませんっていう謝罪会見を素面の時に言われても説得力がない、見て〜見て〜っアルバムを見せる「女」が、途中で必ず「あっ、ここは駄目!」って隠しだす。などなど、先日放送された「人志松本の許せない話」では、まぁ色々と許せない話を真夜中に叫んでましたね。「すべらない話」の枠で、究極のスピンオフ企画ですか。それを見つつ、押し出しが得意な小学生相撲チャンピオン、おさない君は「ええやろ」と思うし、燃えないゴミの日が「火」曜日でもいいのですが、ぼくの許せない話は、タバコの自販機で必要になるICカードtaspoです。

昨今の嫌煙ムードの中で言うこのも何ですが、自動販売機が夜の11時以降使えなくなったという処置が(これには何度も泣かされているのですが)、つまりは未成年者が買えなくするためのものだったはずでしょ。それが、また同じ理由で、今度は自動販売機でタバコを買う時は成人と識別するためにICカードをかざせ、、、と。それもですよ、それ専用のカードで。免許証じゃ駄目なの?だって、何に使うのか知りませんがIC化しましたよね?じゃそれを適用してよ、なんて云々。知らない間に決まったこの新ルールのもと、え?じゃ23時以降も買えるようになるのか?なんて思ってみたりします。

吸いたいならそのぐらいしろ、という嫌煙家の方が多数なんだろうご時世を理解した上で、カード導入はいいですよ。ただ、このカードの申請が面倒なことこのうえないんです。二十歳を過ぎているということの証明なら必要事項を記入して、身分証明証のコピーを張ればいいじゃないですか。なのに、写真がいるんです。それもパスポート申請サイズのものが。700円しますよ、700円。ったく、と思って証明写真に免許証のコピーを添付して送ると、2週間ほどで来ましたよtaspo。あんなでっかい写真を貼ったのに、カードにはちっちゃいちっちゃい写真。横に会員番号が書かれてて、その下には有効期限なるものまであります。え、え、え。今現在成人したぼくは、有効期限なんて設けなくても、今後ず〜っと成人ですけど?って思いながら、同封の案内書を見てると、何ですか、このカードは電子マネーとしても使えます!というアピール。あ〜も〜そんなんええから、IC化した運転免許証で成人ぐらい識別してくれい!

と思うわけです。それにしても今日は、春の陽気で気持ちがいいですね。だからかな、書いてても、いまいち怒りきれなかったです。





2008年02月23日付

「あなった追って 出雲崎 悲しみの日本海 愛を見失い岸壁の上 落ちる涙は 積もることのない まるで海雪」

この、なんというかザ・演歌な歌詞を、フツーに、それもええ声で唄いあげる新人歌手。アメリカはペンシルベニア州ピッツバーグ出身の黒人シンガーのジェロという人のPVを見ました。YO! YO! イェ〜イみたいな服装と歩き方から始まり、一転、ニッポンのソウルみたいな世界に入っていくギャップは、善い悪いで言えば、善いですね。

1981年生まれ、今年27歳になる若者の心を捉えた演歌は、同じ歳の日本人にはピンと来ず、逆にYO YO イェ〜イなヒップホップにいっちゃってますから、ま、話題性十分ですよね。

さて、彼よりも若い二十代前半のアメリカ人は、今、政治参加に意欲的だそうです。これまで票を動かすことのなかった彼らが、「チェンジ」をスローガンに国を変えようとするオバマ大統領候補に一票を投じているようです。ヒラリー候補の苦戦が伝えられ、共和党のマケイン候補も高齢と女性スキャンダルで足踏みする中、これは建国以来初となる黒人大統領もあり得ない話ではないぞ、と思わせる雰囲気になってきました。

色々言われています。例えば、政治にもともと感心があって、政策中心に一票を決める若者は、オバマ候補よりもヒラリー候補に入れている、とか。ここまではできるという、「しっかりした」感じがヒラリー候補にはあるんでしょうね。が、一方のオバマ候補は未知数。一緒に何かできそう、という若者の「熱」が、そのままオバマ・フィーバーになっているとすれば、ブッシュ→クリントン→ブッシュときた流れに、クリントンという「繰り返し」ではなく、文字通り「チェンジ」が起こるかもしれません。僕には選挙権のない国の選挙ですが、言っても世界を動かす超大国のリーダーです。これぐらい勝手に言わせてください、「オバマ氏に一票!」。





2008年02月16日付

あ〜、もう歯医者はやっぱり苦手です。
親知らずに虫歯が出来てしまい、「抜きますか?それとも治療しますか?」って言われたので「治せるものなら治してください」と言ってしまってから後悔・・・。いやいや、親も知らない間に生えるっていう歯は、なんであーも奥の院みたいなところに生えるんでしょうか。あんな歯、ごはん噛む時、使うかな・・・ってほど奥。正直、そんなとこに歯なんてあったんや、と発見するほどの奥です。

「はい、じゃ、いきます」と、突撃体制のセンセイ&助手。なんでか手に力が入る僕…。まず、バキュームが思いっきりつっこまれ、「もっと大きく開いて」とセンセイの指示。おえっ、となりつつ、口を思い切り開くと、あのキュイ〜ンという不快な音を立てる器具がぐいーんと侵入してきて、痛い、痛いと足をバタバタ。センセイも大変そうで、バキューム持ってる助手との息も合わず、、、「あと少しです」を連発されること8回!十分以上も闘っていました。ようやく、詰め物もして終了すると、「これで一応治療しましたけど、また虫歯になるようなら今度抜くときは大変かもしれません。ちょっと奥まで削ったので、出ている歯が少ないんです。しっかりブラッシングしてくださいね」、、、やて。

あんな思い二度と御免、と僕はドラッグストアで奥まで磨けるヘッドの小さな歯ブラシを買いました。抜くのも、治療するのも、親知らずは厄介です。いっそのこと、変な方向に生えて、抜かないとしかたないぐらい反抗してくれたらよかったのに、僕の親知らずは、中途半端に優等生です。

深い不快で家に帰ると、原付バイクがパクられてました。確かに、乗る機会なんてほとんどなくて、埃にまみれきったないことになってましたが、無いとなると一応被害届を出さないと、と思い交番へ。被害届を作成中、電話がなって「3丁目のどこどこで茶色いジャンパーを着た不審な男がいる」との通報。被害届を書きおえたお巡りさんが、「長い棒」を自転車の後ろにさして、「では、」と言い残して3丁目のどこかにいる不審者を追っかけて出動していきました。「よろしくお願いします」って僕は言ったんですが、バイクのことだか不審な男のことだか。「はい」と応えたお巡りさんはどっちも引き受けてくれたんでしょうね。交番って、結構忙しいんだなとか思ったりして。





2008年02月09日付

鳥インフルエンザが新型のウイルスへと変わり、世界中で死亡者が増える。そんな漠然とした「予想」に、ただただ怯える昨今、先週の積雪から急に寒くなった気候の変化で、風邪をひいてしまったらしいぼくは、根拠もなく「インフルエンザかもしれん」と思っております。みなさん、体調はいかがでしょうか。

鳥インフルエンザという言葉が紙面上で盛んにいわれだしてからもうずいぶんたちます。人間には感染しない、なんて最初の方では言われていた気がするんですが、何が何が、今や感染者数379人、うち死亡者233人(朝日新聞より)です。60億人の分母からいくと、この数字は「たいしたことない」ものかもしれませんが、感染した人の半数以上、約60%が死に至っているという死亡率を見ると、このウイルスに恐怖を覚えずにはいられません。そんな強力なウイルスが、突然変異で「人」へ感染する能力をもった時、それは新型のウイルスとなって世界中を席巻。パニック映画によくある「フィクション」な光景が、現実のものになってしまうかも知れないのです。

空気中に漂う無数のウイルス。満員電車の中では避けることも出来ず、ぼくが風邪をうつされ、そしてまた、誰かにうつしてしまう。東京のような人口密集地では、数分単位で何十万人という人に感染するというから、これは「映画」の話ではないと受け止めて、対策を講じないといけませんよね。フライドチキンにやきとり、唐揚げからチキンタツタまで。とにかく鶏肉好きなぼくには、「食べ物からの感染」が確認されてないだけまだ救いです。冷凍パックされ、チンするだけの食材も危険、観光地のお土産も危険、牛肉もだめ、くじらもだめ。なんだか最近、絶えず吸っては吐いてる空気まで心配になってきました。安心して美味しいモノを、少しでも長くと願ってやみません。

あ〜、雪ですね。明日は積もったりするんでしょうか。





2008年02月02日付

がっぷり四つに組み、ジリジリと追い込む白鵬とそれを阻止する朝青龍。土俵のやや中央で、力と力が空気を振動させるかのような、あの取り組み。久しぶりに大相撲で興奮しましたね。両横綱の上半身から下半身まで、ブルブルと震えている、あの様。同じ土俵上で、「勝負」する。いやぁ、気持ちのいいものです。

ボクシングやレスリングのように、体格別に分けず、大も小もただ力だけで勝負する。そんな醍醐味も、昨今の取り組みではなかなか見られなくなりました。大きい力士があっという間に寄り切ってしまう。それでは駄目だと、元横綱・貴乃花は強引ともいえる体重アップをはかったとききました。でかくないと勝てない。なんというか1+1は、2なんだという「結論」が、絶対のように思えてつまらなかったもんです。結果的に、でかい白鵬が小さい朝青龍を上手投げで倒しましたけど、それはあくまで結果の話。2ではなく、3にも4にもなるドキドキがありました。

今、ぼくらの世界はがっぷり四つに組んで生活しています。「競争」の中で、或意味勝負しているといってもいいです。水と油のように思われていたコンペティターが、提携して業界内の勢力図を変えるのも珍しくありません。三越と伊勢丹、阪急と阪神しかりです。マイクロソフトとヤフーなんて話も飛び出す今日この頃。同じ土俵(地球)の上で、空気を振動させるかのような暮らしの中で、100%善いとも悪いとも言えませんが、とにかく、全世界中のだれもが四つに組んでいるし、同じ空気の中にいるわけです。

ギョーザ。これにははやり参ります。中国国内で生産された製品に、製造中ではないとか、だれかの陰謀だとか色々言われていますが、結果として中毒をおこしてしまうほどの「毒」が混入していて、それが四つに組んだ消費者に被害をもたらしました。生産者と消費者。これは供給と需要の関係にあり、決して「敵」ではないのですが、どうも、同じ供給者通しの競争のために、「消費者」が忘れられ、その消費者から「敵」呼ばわりされる供給社が多いようです。偽も毒も嘘も、目先の利益よりはるかに大きな【責任】であることを、もう一度再確認してもらいたいと思う次第です。





2008年01月26日付

爆弾低気圧ですか。窓を開けてびっくりしました。先週水曜、雪が降ってましたね。久しぶりの雪でテンションが上がるのもつかのま、テンションがあがる程度以上の雪で、、、傘があれだけ役にたたないと苛立ちさえ覚えますね。部屋を出て、何分か歩いて駅につくころには、傘の上と同じぐらいコートに雪がつもってたりして。っで、みんながみんな、駅の前でパシャパシャやるもんだから、それがまた舞い上がったりして。風も、強かったです。

『銀色のシーズン』という映画を観ました。
ストーリー云々は、ま、おいておくにしても、開始早々の10分。あの映像はすごいのではないでしょうか。臨場感?というのも、なんとかサウンドが売りの映画館ならではかと。

スキーで山を滑る、という光景は、何度も観てもスッとします。ヒマラヤなんかを重装備で、まつげなんて凍らせて「登る」のは、「大変そう」で、「しんど」そうで、「危なそう」ですが、同じ危なそうな滑降は、やっぱり「滑る」からでしょうか?とても気持ちいいです。降りるというのもいいです。

スピードと、白銀と、っで、太陽と。あ〜、自分にはできない分、その「気持ちよさ」を想像して、仮想して、スッとしました。見終わった感想はまさにそれ。かつてのモーグル日本代表選手が、復活するとか、婚約者を忘れられない女性が、元気を取り戻すとか、そんなことをおいておいて、いい映画でした。

今度は「アース」ですかね。今の地球を、ありのままに見せてくれる映画だそうですが、それを見終わったあと、、、どう思うんでしょう。スッとはしないでしょうね…。青ざめてたりして。





2008年01月19日付

再生紙100%。それとなく使ってるコピー用紙にそう書いてあったら、「オレもエコしてるな」なんて思ったりしますよね。これは古紙の配合率の割合で、東南アジアの樹を倒さないことがイコール二酸化炭素を吸い取ってくれて、と、いうことは温暖化なんかも防げて・・・。そういう話になるわけです。なのに、100%という公称の再生紙が、実は7%だった(大王製紙のコピー用紙、朝日新聞より)と聞くと、やり過ぎに笑ってしまいます。なんじゃ、それ、という感じです。

今、製紙大手5社の配合率偽造が問題になってます。始まりは再生紙を使った年賀はがきの偽造。今年になっても「偽」ですか、、、とさみしい限りです。ただ、思うのは大手の5社が5社とも「そういう状況」であったのなら、公称の数値を素直に下げれば良かったのに。どこも実質配合率は多くて50%なんだから、再生紙とはそういうもんだと思えたのに。そこに、企業側の、なんというか「エコ」をキャッチーに使ういやらしさが見えます。世界最小とか世界最軽量とか、、、そういうなんというか「分かりやすい」ものに固執して、そこを大きくうたう戦略。それにつられるぼくたち消費者は、まんまとしてやられた感じでやりきれません。

環境というキーワードは、日本でもようやく本腰を入れるようになったし、夏の洞爺湖サミットでは日本が先導するポストに就こうとしているようですよ、みなさん。炭素がマーケットに「終値」なんてつけられて売り買いされることが予想される昨今、序序にエコ意識は高まってくるでしょう。そこに、今回のような嘘があると、余計に信頼もなにもあったもんじゃありません。企業側には企業側の言い分があるんでしょう。どんな会社だって、きれい事だけではすまされない事情がありますからね。ただ、今回の再生紙問題は、「嘘」をついてまで公の仕事(年賀はがき)をとって、それでうまい汁を吸っていたというのがね、どうも許せません。

環境プロジェクトに非営利団体として貢献しているap bankのアルバム「沿志奏逢2」の中にこんな一節があります。

このほしは さみしさ溢れていて 何を求めてる?(evergreenより)





2008年01月13日付

やっぱり長崎は東京より暖かいですね。ま、冬なので寒いですが、よく冬の日に言う「今日は暖かいね、昨日は寒かったから」というあの「暖かい」レベルが、東京よりもという意味で、です。陽が落ちるのもずいぶん遅くて、最近では5時前までなんとか明るい東京ですが、長崎は7時前まで明るいです。日本も、狭い狭いと言われながら細長い分でしょうか?ずいぶん違うものです。

雨の予報だった土曜日、僕はまだ雨の降ってない早朝に東京を旅立ち、その頃、長崎に雨を降らせていた雨雲が東の方へ移動するのと逆方向に、僕は西へ。ということで、東京が雨になる頃、雨の上がった長崎に着陸しました。ラッキーでした。長崎、いいところです。皿うどん(太麺より細麺)もうまいし、ちゃんぽんも最高。でも一番は「角煮まん」かな。なにせ、料理がうまいというのは素晴らしいです。西洋と中国と日本の文化混同の街は、路面電車がグルグルと運んでくれるままに歩いてもいちいち驚きです。

天気の話で「おっ」と思うニュースがありました。イラクのバグダッドで、ここ100年間降ったことのなかった雪が、降ったそうです。爆弾を黒い雨と例えるなら、白い雪は「希望」のイメージ。多くの人も、この雪が「幸運の兆し」なんて捉えているようです。んが、バグダッドといえば乾燥帯、気候区分では砂漠気候です。そこに雪が降るということは、「おかしくなった地球」を暗示する「悪い」兆しのような。これはもう、暗示ではなく明示だとばかりに地球は喘いでいるということなんでしょうか?そんな地球からの脱出計画?のように宇宙開発が活気づいています(決してそんな意図ではないでしょうが)。2010年に、日本が建設する宇宙基地が完成するとかどうとか。今まで、宇宙に滞在するにはアメリカさんの家やロシアさんの家に間借りしていたのですが、これからは自前の、ということになりそうです。やっぱり我が家がいいのかなぁ、というのが率直な感想。そのために何十年ローンを組むのでしょうか・・・。





2008年01月05日付

新年あけましておめでとうございます。
本年も「毎週土曜日更新」を基本にSHoGo PaPeRを充実させていきますので、お暇な時にちょこちょこのぞいていただけると光栄です!どうぞよろしくお願いします。

昨年、何かと世の中物騒になってきたなぁ、とパキスタンのブット元首相の暗殺などを目にしておもっていたのですが、日本の交通事故死者数やニューヨークの犯罪者数は軒並み減少傾向にあるようです。それは、これまで、ゲームで仮想体験していた「殺人」が、イラク戦争や各地でのテロによってリアルに感じるようになったから、より「痛く」感じるんでしょうかね。テロへの警戒。これもパリ・ダカールラリーを中止するほど敏感になっています。大晦日、ぼくは強風吹きすさぶ羽田空港から飛行機に乗ったのですが、相変わらずのセキュリティの厳しさで。行列なんてなんのその、ピーピー鳴り続ける者(ぼく)には容赦ありませんでした。結局、ベルト、靴、コートを脱ぎ、通りましたがまだピーピーとなり、うんざりしてシャツも脱ぐのか?と思っていると、「しゃもじ隊」登場。ギュルギュルやられてようやく通されました。はぁ、なんであんなになるんやろ?

この先、危機に対する構え方が益々重要になってくるように思います。テロ対策で失敗したと言われるアメリカのリーダーも今年変わります。台頭する国々も先進国の言いなりで損な役回りは御免と、発言権を増してきます。そして何より、そうやって発展していこうとする近代社会の構造に、耐えきれなくなって地球が喘いでいます。今年から「環境」を買う時代がスタートし、減らすことのできない炭素を、お金で買う動きが活発化するだろうと予測されています。株価と炭素減指数。セキュリティって、そんな様々な危機から身を守るもので、どこまで厳しくなって窮屈にすればいいだろう、と溜息が出てしまう今日この頃です。





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