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返り花 』(鈴木正吾)



我森は、しかし、死んでいなかった。
そのことを知った四人の、これから。温泉宿の、狂い咲きした桜の木を見上げながら、四人はそれぞれに「これから」やってくる春のことを思う。
この作品は、
我森も含めた五人の、春を迎える前の、狂い咲きしたある冬の物語。


10年』(鈴木正吾)

10年ひと昔。
その間に生まれ、成熟し、こんがらがり、消え、また、生まれるもの。
十代の、二十代の、三十代の、それぞれの10年間が、
同じ速度で過ぎてゆくのに、気付けば横に並んでいる不可思議。
少年が、娘が、青年が、過ごした10年。それをひと昔と呼んで回想する。


幸せと、する』(鈴木正吾)

人は生まれながらにして「善」か「悪」か。
そんな性善説・性悪説にも似た「幸福」の基準。
「人は生まれながらにして、さて幸せなのか?」

運命を共にする「乗客セブン」が、最後の最期に見たものは……。


いい日』(鈴木正吾)

知らないまま享受してきた「奇跡」に近い自分の幸せ。この地球上にある普通の日。涙涙でやりきれない現実。それを知らずに済んだ奇跡。今、全てを知り、この掌に転がしながら、口を閉じ、まぶたを大きく開いて「旅立つ」−いい日、旅立ち。−
三人の若者は、それぞれに「香辛料」を求めてインドに旅だった。


泳ぐ庭』(鈴木正吾)

大河が直角に曲がるドナウベント。恭太が迎える人生の岐路、スタート地点を、そこに至るまでの淀んだ日々からえがく。「みんな一斉に『よーい、ドン』する」類のモノではないでしょ、人生って。京都の町屋にできた自分の店に、恭太は「泳ぐ庭」と名付けた。自分の城って言えるほどのものではないけど、「庭」ぐらいは持ちたい、と思いながら。



タクト』(鈴木正吾)

幼いころからのモラトリアム。ずっと「あそこ」で止まったままでいる。そんなある日、地球の自転が加速し始め、放り出された拓人はあの記憶で引っかかる。そう、「アイツ」との日々。また、始まるのかもしれない「日々」。幼い頃の記憶と、現在ある自分自身の姿にキャップを感じ、それを通して見る「相手」への違和感を描いた作品。拓人が、自分のタクトを振れるようになるまで.......



いっぽん、みち』(鈴木正吾)

交通事故に遭い、自分の下半身がほとんど不随になったと知った時、ぼくは、〈なんで死なせてくれなかったんだ〉と恨んだ。神も仏も太陽も全部、司るっていう象徴に文句ばかりの日々だった。自分で死ぬ勇気のないぼくは、死なせなかったもののせいにして、泣いたし、喚いたし、色んな物を壊した。だけど、バタバタしたってしれているという、無力感。寝かされたベッドから半径一・五メートル離されただけで届きもしないという、仕打ち。
悔しくて情けなくて、微笑まれるのも泣かれるのも、一切を拒絶していた。
(本文より)


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