2008年9月22日(月)
4日目

ブハラ→サマルカンド



朝、6時過ぎに起床。今日はサマルカンドへ移動する。

朝食はおそらく一番のりの7時ごろだった。また目玉焼きを4つも食べてやった。
大急ぎで補充していた。昨日の男性スタッフがいなかったので、ホテルでタクシーを呼ぶのを止め、7時半にチェックアウト。いつもの?道、Sasha&Sanホテルから大通りに抜ける道へ。その前にタクシーがいることは知っている。……というか手袋がほしいほど、今朝は寒かった。

勢いのある?総金歯のドライバーにつかまり、3000スムでバスターミナルへ。
プライベートのタクシー、乗り合いなら25000スムで、3時間でサマルカンドに行けるといわれ、速いことと、確かに楽だろうな…ということで気持ちが揺らぐ。

バスがいくらなのかは分からない。バスターミナルにつくと、マイクロバスの乗り合い、セダン型の乗り合いがあり、セダンの運ちゃんグループにつかまる。20000スムだという。ここで5000スムも安くなり、あーだ、こーだ、バスを見てくる、とか、いつ出るの?とかごねていると、18000スムになった。

すでに現地人の客が1人いて、NAVOIY(ナウイ)というところまでいくという。恐らく、あと2人を待って出るところ、僕がまだかまだかと催促したので、もう行くか!ということに。20分ぐらで出発した。……が、ナウイで乗り代えろ、というようなことを現地語で言っている。同乗したウズベク人も、後ろに乗っていた僕を振り向いては「お〜け〜?」とほほえみかける。全然OKじゃないので、乗り代えは嫌だ、サマルカンドまでいってくれ、とごねた、というより叫んだが、「まぁ言わせとけ」という感じで応じてくれない。

ま、なるようになるか、と。車窓の風景を楽しむことに。綿花の収穫の時期なのか、その光景が目につく。ハイウェイ?はコンクリートで、中央分離帯もしっかりとある。羊や牛を散歩させたり、道路沿いに果物を並べたり。飛行機からみて、何もない、と感じた土地は、人が住み、営みの形が確かにあったのだ。ドライバーと助手席のウズベク人は現地語で話している。ポリスがいる付近ではスピードをおとし、シートベルトをしめる用意周到さ。それ以外は120〜140kmのスピードで飛ばす。そういえば、小学生かな、通学の光景も多かった。

1時間ほど、もう少しかかったかな、ナウイについて、そこでやはり乗り代え。8000スムをブハラからのドライバーに払い、サマルカンド行きの車に乗る。運悪く、1人目だった。

待つ、待つ、待つ。

もういったい何時なのかも分からない。そもそも時計はなく、どうしても知りたいときは携帯の電源を入れて見るということを繰り返している。あんなに寒かったのが、上着も不要になった頃、ベルギーから来た老士?壮年(彼はエンジニアで、日本に何度かきており、東京、京都、奈良、宮崎などにきたといっていた)と、子連れの女性、そしてばっちりメイクのおばさんをのせ、スタート。ここからサマルカンドへはとってもとばした。

僕は1番のりだったので、助手席で、それはそれで良かったのだが、凸凹道と、携帯をいじったり、数分に1本吸うタバコに集中しているのかこのドライバー、という不安で、知らず知らずのうちに足を踏ん張っていた。とにもかくにもとばしすぎだ。途中、中央分離帯がなくなると、対向車はセンターをこえて、前の車を追い越すし、何度も、コワッ!という場面も。


結局12時すぎにサマルカンドのバスターミナルについた。

ブハラでは、乗り合いだとシティーセンターまで行くと言われていたが、まぁ、ドライバーが代わったからどうしようもないか……。

ナウイから同乗したベルギー人の男性とレギスタン広場までのタクシー代4000スムを2000スムずつシェアする。ブハラからくると、サマルカンドは都会だ。そのレギスタン広場近くのレジェンドホテルというところをねらっていたのだが、場所が分からないというドライバー。バハディールの近くだというと、「バハディール!」といきなり食いつき、その宿の前に車をとめ、どんどん入っていく。

違うんだけど…。と思いつつ、ま、ここから歩こうと思い、タクシーから降りると、部屋を見て、と。ホテルを決めていないというベルギー人の男性もついてきている。1泊12$。中央の広間にスイカとクッキー、チャイを出され、とにかく休んで、と。しばらくして、1部屋しかないと言われるが、ベルギー人の男性が「じゃ、どうぞ」と譲ってくれ、ここに決めた。残りの米$を考えると、この値段は魅力だ。チェックアウトしたばかりの散らかった部屋を片付けるから待って、といわれ、たまたまブハラから列車で来た日本人の女性と男性と話す。ガイドブックに書かれている通り、日本人が確かに多い。というか、そういうことを書いているから来るんだろうけど。確かに安いが、決して綺麗じゃない。水回りは正直おわっている。僕の部屋、鍵がかからない……。

と、広間で3人で話していると、上の階からSさんが降りてきた。再会だ。やっぱり彼もここだったのか。
僕のチェックインを済ませ、明日からブハラにいくことにしたSさんといっしょに駅へ向かう。

レギスタン広場の美しい姿をまず初見した。

3泊した街なので、またゆっくりこよう。そのレギスタン広場の前で3番の路線バスに乗り、400スムで駅へ。とにかく、タクシーが高いのだ。その他は結構安い。バスも列車も。駅に着き、僕は明明後日25日のタシケント行きの列車をとる。たまたま、日本の大学に来ていたウズベク人の青年にあい、日本語通訳してもらった。Sさんの持っていたガイドブックの漢字をスラスラ読めるほど、彼の日本語のレベルは高かった。ここサマルカンドから25日、11:10に出て4時間ぐらいでタシケントにつく。8000スム。ちょうどいい時間だ。その彼、アサド?は20歳でタシケントの大学で経済を勉強中。サマルカンドには帰省らしい。

彼は今日の夜行に乗るらしく、レギスタン・エクスプレスなのか、10500スム払っていた。父親が金持ち、と豪語する彼、また東京に来るらしい。車できていたアサドがレギスタンまで送ろうかといってくれ、グム百貨店にいきたいSさんのリクエストで、そこまで送ってもらう。

百貨店というイメージはことごとく期待はずれだが、一応、すべて?の品が1軒で揃うという意味ではそうだ。ただ、その通りは若者が集まる一帯なのか、アイスクリームの似合う雰囲気もあった。スーパーがあり、キャビアの瓶詰めが38000スムだった。店で3000スムで飲んでいたビールは、1000スム。おいしそうなクッキーやチョコを売っているところには蠅が多かった。

ティムール通りを突き当たりまで東進して、そこから回り込むようにレギスタン広場に戻ってきた。近くにあるチャイハネに行こうと、ガイドブックに載っていた店を目指し、向かったが、どうも間違って、とても小さな店へ。バハディールではミツバチが飛び、(それは天井が葡萄棚になっているからだけど)その食堂?は蠅に野良犬に……。ま、とにかく野菜スープとパン、うっすいコーヒーとシャシリクを注文。全部で4800スムを割りかん。スープを飲みきったSさんが多めに払ってくれた。

シャシリクはオニオンスライスもおいしく、とても美味だった。

宿に戻り、ビール1200スムを買い、部屋で飲む。昼に会った男性、秋葉で働くSE36歳もたまたま会って、三人でそれまでの旅などを話す。7時から2$で夕食が食べられるので、そこへ。日本人だらけだ。半年中央アジアを旅する京都の料理人?のおじさんや、これから夜行でウルゲンチに行く京大生など。いろんな人が見たり聞いた話は本当に面白い。とにかく大笑いしつつ夕食を終えた。(遺産くんという世界遺産絶対主義の人や、寒いといいつつ上半身裸のチャリダー、ハマム巡りで木の桶を持ち、そこから地球の歩き方がひょっこり見えていた旅人など)

と、赤坂サカスで働く記者だという、一緒にチェックインした女性と、京都で看護士をしている女性がライトアップに行くというので、一緒に。

ティムール一族の墓があるグリ・アミール廟と、日本語のナレーションがされる特別デーだったレギスタンのライトアップを見て10時半ごろに宿に帰ってきた。それからシャワーの切り替えが分からない水道シャワー?を浴び、12時半に寝る。

ライトアップは、とにかく寒く、Sさんに上着を借りる。それをもってしても寒い。記者の女性はサンダルだった。明日帰国し、翌朝成田についてその足で出勤するらしい。サンダルで、バッグパックで、赤坂サカスへ……。

ライトアップは、ティムール廟の方はたしかに綺麗で、昼間をみたことがないが、大きさのバランスも均整のとれかたも素晴らしかった。3000スムで中に入れる。普通は3800スムらしい。そしてレギスタン。両方にいえることだが、ほの青く浮かぶドームが印象的で、ダラダラ?とつづくナレーションが聞こえにくい。ストーリーにあわせて光っては消えるので、あーもー寒いのに、早くぱ〜っと光れ〜、なんて言いつつ。9時半の終了間際にやっとぱぁーとついてくれた。



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