サンティアゴで生まれ、ニューヨークを拠点にして活躍する作家、
アルフレド・ジャーの展覧会。
インスタレーションを始め、映像作品もあり、
全体的に強烈なメッセージ性が脳を刺激してくる。
平日の夕方、閉館近くに行くと人も少なく、
おそらくは「見せたい」空間で鑑賞できることができた。
会場の東京オペラシティのアートギャラリーは、
狭すぎず、広すぎず。じっくりと見て回っても1時間とかからない規模。
ちょっと物足りないとも思うが、それほどに一つひとつの作品がかっこいい。
変な解説カードもないのが、感じるアートを体感させてくれる。

まず、会場の入り口にあるのが「写真はとるのではない。つくるのだ。」と
いうアメリカ人写真家・アンセル・アダムスの言葉を印刷した作品。
作品というか、ポスターになった印刷の紙がキューブ状に積み上げられている。
一枚ずつ、持って帰ることのできるもの。
YOU DO NOT TAKE A PHOTOGRAPH. YOU MAKE IT.
黒い輪ゴムまで用意されているところがおもしろい。
展覧会期間の2日目にいったのでこの量だったが、
会期終了間際には、これがすごく減って小さくなっているのかと
想像すると、さらにいい。仕掛けの妙だ。

そして会場に入る。
今回のシンボルともなっている作品「今は火だ」。
温暖化する地球を暖色に光らせ、消火器の上に置く。
人種差別の現状と暴力性を告発するノンフィクション「次は火だ」という
ジェイムズ・ボールドウィンの作品にちなんでいる。
その背面、ちょうどよい高さに「彼らにも考えがある」が飾られている。
現状と、そこにある多様性。この展示の仕方は素晴らしい。

最初の部屋には9つの作品が並び、
「アメリカのためのロゴ」を移り変わりのように眺め、
雑誌TIMEの表紙に一筆いれた「アメリカ合衆国へようこそ(TIME)」の前で立ち止まる。
AMERICAを消して、USAに置き換える訂正。
チリからやってきた彼自身の構造がわかる作品だ。
その後、セルフポートレートのプリントを見ながら、
「1973年9月11日(黒)」という作品の前で再び立ち止まる。
なんでもないようなカレンダー。
1月から順に見ていく。そして、9月11日を境に、
その後の数字がすべて11になっている。
彼の故郷、地理で、サルバドール・アジェンデ政権がクーデターによって転覆した日。
そこから時が止まった11のカレンダー。
奇しくも、この1973年の9月11日と、
2001年の9月11日(9.11)が暴力という歴史で重なる。


部屋を移動して「ゴールド・イン・ザモーニング」という6つの作品を見る。
金脈、そしてそこに一攫千金を狙ってやってくる人たち。
採掘場とそこで働く人々の写真は、
搾取によって成立している世界の不均衡をあらわにしている。
ライトボックスに写真を投影し、その背面を見せて展示する。
壁には鏡があって、そのライトボックスに移されている写真を
「少しだけ」みることができる。
現実から目をそらして、少しだけ見ているという状況を
上手く表現した作品だ。
最後、「黒」と追記した作品では、
全体を暗い色調が包み込んで、
人々と世界を、黒で表現する。巧みだ。


次は、第二次世界大戦後、
ヨーロッパでもっとも凄惨な戦場といわれたボスニア紛争を題材とした
「エウロパ」という作品。
黄色(オレンジ)に光る6つの両面ライトボックスと、
30枚の額装ミラーで構成されている。
これも全体的に黄色の光の裏側に、凄惨な写真が少しだけ見える。
端から順に足を進めると、目を伏せたくなる。
可視と不可視。炎の黄色の後ろで、観る者に訴えてくるものが多い。

次は映像作品。
「サウンド・オブ・サイレンス」。
数人ずつ小さな小屋の中へ入り、座って眺める作品。
ケヴィン・カーターという南アフリカ出身の報道写真家を表現した作品。
彼は、「ハゲワシと少女」という写真で
ピューリツァー賞を得ている。
ケヴィン、ケヴィン、と起こされるような文字が静かな空間で、
大画面に映され、そしてカメラを得て、
そこから写真を撮っていく彼の成長が文字になっていく。
内戦で混乱するスーダン。1匹のハゲワシ。
そして、飢餓に苦しむひとりの少女。
カメラを構える彼。静寂の中の文字と、
その文字から入って来る時間軸。背後で騒音が混じりだす内戦の地で、
一枚の写真が。
突然のフラッシュと同時に現れる。
この写真で成功した彼は、世界からバッシングを受ける。
なぜ、助けなかったのか、と。
そして彼は苦しみ、苦しみ、自死する。謝罪の言葉を残して。
これは、圧倒的な想像の世界。
示されているのは、ものすごくミニマムなのに、
そこにあるのはケヴィンのすべてのようにも思える。
深みのある映像作品だった。

そして、この展覧会のために制作された新作、
「明日は明日の陽が昇る」。
これは素晴らしかった。
2つのライトボックスが部屋の中央に配置されている。
広い空間に、これだけ。
床に置かれたライトボックスには日の丸。
その日の丸の真上、覆いかぶさるように天井からつるされたもう一つのライトボックス。
日の丸に対面するように星条旗が移されている。
少しかがんで下から見上げると、星条旗が見える。
日本の上空で、覆いかぶさるアメリカ。
日本とアメリカの関係を、こんなにもシンプルに、
一種、コロンブスの卵的に表現してしまうすごみに感嘆する。
核の傘。これを最初の意味合いにおいて、
下の日の丸にうっすら移る星条をみると、日本に入り込んでいるアメリカを、
そして、この二つのライトボックスの絶妙な距離感もまた、
うまく表現していると感じさせられる。

最後は、「ヒロシマ、ヒロシマ」。
このインスタレーションは、とても大きなスクリーンに広島の、
原爆の投下の起動を映した空撮動画。
現在の広島。
原爆ドームの上空からの空撮。
グーっと吸い寄せられるような、とても静かな動画。
そして、降下するドローンがアイコンとなり、
それを図式化して、回転する。
ものすごく高速で回転して、円になる。
と、スクリーンが上がり、後ろから23の産業用送風機が動き出す、
見ている者に吹き付ける風。
中央で回り続けるアイコン。光と風、真っ黒な空間。
これは広島市現代美術館での個展で制作された作品でヒロシマ賞を受賞している。

世界を表現した作品に中に、ジャーの主格があって、
それをみる私の主格が、
おそらく別のところで震えて響くような感覚。
素敵な展覧会だった。
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Alfredo Jaar | You and Me and the Others
アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち
@東京オペラシティ アートギャラリー(東京)
2026年1月22日(木)

