これは、
"デザインを通して多様な視座を示してくれた巨匠たちの活動を振り返る”企画展。

ブルーノ・ムナーリ(イタリア)、
マックス・ビル(スイス)、
アキッレ・カスティリオーニ(イタリア)、
オトル・アイヒャー(ドイツ)、
エンツォ・マーリ(イタリア)、
ディーター・ラムス(ドイツ)

の6名を「デザインの先生」として彼らの哲学や作品を通して
デザインを考える展覧会になっている。

大事なのは、彼らの考え方や作品(製品)が、
20世紀前半のものであるということ。
つまり、今の時代では普通に存在するようなものもある。
いや違う、今の時代の中でも、
普通に存在できるものが、
100年以上も前に生まれた彼らによって創り出されていたということだ。

日本(日本の焼き物)との関係も深い巨匠もいる。
それぞれの巨匠のパネル紹介があり、作品が並べられていて、
大きく6つのエリアに分かれているという構成。
作品単体の撮影はNGで全景のみ、撮影が許されていた。
それぞれにデザインに対する考え方、哲学が違う。

ブルーノ・ムナーリは、
時間というもののとらえ方を時計のデザインで表現した。
「自由時間」と題されたスウォッチ社からの製品は、
文字盤が自由に動く設定、長針と短針の上に透明なレイヤーがあり、
そこに1から12の数字が固定されずに動く回るデザイン。
この考え方は個人的にはインパクトのあるものだった。

他にも、サドルの椅子、曲線の巧みなテーブル、
脚の華奢なサイドテーブル。
色もデザインもシンプルで、まるでIKEAにありそうなものが並んでいたりもする。

エンツォ・マーリはデザインの神髄に迫った。
作品はどれもシンプルで、ものすごく考え抜かれたものばかり。
コロンブスの卵のような、出来上がった作品を見れば、
あ〜自分にもできるかもと思わせる、簡単に見えてシンプルなものを
0から生み出した絶対的な力がある。
例えば、白く丸いゴミ箱。
その底面に傾斜をつけて全体を少し前かがみにするだけで、
投げ入れやすい形状になっている。
他にも灰皿の捨てる口部分は、
二枚の板を巧みにずらすことで入れやすく(灰が出にくい)、
本立て(マガジンラック)は、今では定着したデザインとなっている。
驚くべきは木製のチェアの数々。
板を張り合わせただけの構成なのに、
絶妙に角度や大きさを変えることで、
完璧な座り心地を実現している。

あくまでも、作品ではなく製品。
そこが今回の展覧会の面白い所だ。

複数の色と形を合わせて、
一つのデザインにするポスターも数多く展示されていた。
今でこそ、パソコンのソフトで簡単に作りあげられるようなパターンだが、
それを生み出すための計算しつくされたパーツのひとつひとつが非常に興味深かった。

カラフルで楽しく、オリジナリティ溢れるデザインを(陽気に)体現するのがイタリア人だとすれば、
工業製品を空間の中に緻密に溶け込ませるのがドイツ人ともいえる。

ディーター・ラムスは、
身の回りのすべてのモノが、空間を作り出すので、
製品はデザインについて考え抜くべきだと考えた一人。
今でこそ、見たような感じのするスピーカーも、
無機質な金属一辺倒ではなく、木材のぬくもりを加えたり、
最大限に機能を生かすための構造から、
とても理にかなったシンプルなデザインにしたりと、
どの作品(製品)も、手に取ってみたくなるものばかりだった。
レコード、ラジオ、スピーカー。
機能を追い求めのと同時に、空間の中に溶け込むデザイン。

デザインに対して、どう向き合ってきたか。
名言のような考え方の数々に、
巨匠たちの哲学を順を追ってみていくと、
今、私の身の回りにあるものに対しても味方が変わって来る。

今の時代は、スマホばかり見ているので、
アプリのインターフェイスがそれに近いのもかもしれない。
が、どれだけ時代が変わっても、物がなくなることはなく、
製品がある以上デザインが必要で、
そのデザインとの向き合い方を変えてくれるきっかけを、
この展覧会はくれたような気がしている。
















































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Learning from Design Maestros
デザインの先生

@21_21 DESIGN SIGHT(東京)
2026年2月5日(木)